「まあ、まあ、まあ!」

 その日は朝から、マーサの悲鳴とも嘆きともとれる声がホール中に響き渡った。
 ドタドタと走り回る猫達の足音と、時折混ざるシャーという威嚇の音。そして、悲痛に満ちた鳥の金切り声。

 あまりの騒ぎに慌てて朝の支度を済ませて降りて来たレイラだったが、階下で繰り広げられているカオスな光景に、階段の途中まで来て思わず足が止まってしまう。

「お、おはよう、ございます?」

 鳥の羽が舞い上がるホールの中央で、両手を口元に当てて唖然と立ち尽くしている世話係に、何事ですかと目で問いかける。

「ナァーちゃんが子猫達の為に狩って来たんですが、今朝のは活きが良かったみたいで……」
「狩り、ですか?」

 朝の散歩に出掛けていた三毛の母猫により狩られて来た小鳥は、翼をバタつかせて必死で抵抗している。飛ぶ力は既に無いのか、床スレスレのところを騒ぎながら逃げ回り、子猫達に容赦なく追いかけられていた。

 尻尾の毛を膨らませ、丸い瞳をランランと輝かせながら、小鳥を追い続ける四匹。低姿勢でお尻を振って飛び掛かってもすぐに放し、また逃げ始めたところを別の子猫が飛び掛かりと何度と無く繰り返している。誰かが口にくわえて得意げに歩けば、それを横から奪おうと喧嘩が始まる。
 逃げても逃げても次々に違う猫に襲われ続け、次第に弱まっていく小鳥の叫び声。

「遊んでいるだけなんでしょうか?」
「食べてしまうこともあるようですが、この子達はじゃれてるだけのようですわね」

 不運な小鳥は母猫によって与えて貰った狩りの練習教材だ。それをいろいろな角度から仕留めてみたりと、子猫達は存分に堪能し学んでいるところ。
 子供達がもう少し大きくなれば森に連れて行って実践をさせるのだろうが、まだ翼も小さく光魔法も上手く使えない為に、安全な館内での模擬練習という感じだろうか。

 はぁ、とマーサが大きな溜め息をつく。初めて見た時は慌てて小鳥を捕獲して逃がしてやったが、猫達に散々痛めつけられた鳥は森に放してもまともに飛ぶことも出来ない。そのまま死ぬか、獣か魔獣の餌になるだけだ。
 ならば、その命は子猫達の狩りの練習台として活用させて貰うしかないと、ナァーの教育方針に従って見守ることにしていた。だが、飛び散らかされた羽などの後片付けを思うと溜め息が出てしまうのは仕方ない。

 ダイニングチェアーの上で隠れるように丸まっている母猫は、眠っているフリをしながらも、その耳をピクピク動かして子供達の動きをちゃんと監視している。
 小鳥の動きがほとんど無くなり、子猫達も順に飽きて来て、一匹また一匹と別のことをし始めると、マーサは物置部屋から掃除用具を取り出してくる。

「あ、私がやります」
「あら、お願いしてもよろしい?」

 朝食の準備の途中だったらしき世話係から用具を受け取り、レイラはホールの隅から散らばった羽などの残骸を集めていく。せわしなく動かされるほうきのことを、新しい獲物だと認識した子猫達に追いかけられつつ、部屋中に舞い上がった羽を何とか片付け終わった頃、アナベルが笑いを堪えた顔で階段を降りて来る。
 朝の挨拶をするレイラに微笑み返してから、入口扉に向かって指を差して言う。

「今度はティグが持って帰って来たみたいよ」
「え?」

 言われて入口に近付いて扉を開いてみると、暴れる鳥を口に咥えたトラ猫が館の中へするりと入って来る。
 バサバサと翼をはためかせて暴れる錆色の鳥を得意げな顔で運んで帰って来た父猫。そして、再び瞳を輝かせて戦闘態勢に入り直す子猫達。ダイニングチェアーの上の母猫までもが興味津々で顔を上げている。

「え、ええーっ?!」

 先ほどまでの鳥と比べても大きく、威勢もかなり良い。あきらかに、小鳥と呼べるサイズとは違う。ティグが獲物を放った瞬間、ホール内を飛んで逃げようとして壁や窓に衝突し、また慌てて飛び回るという、猫が騒がなくても鳥一羽だけでも十分に動きが激しい。空中戦も交えた思わぬ大捕り物が始まったことで、猫達も棚やテーブルの上から獲物を狙い出す。
 その状況に、レイラは叫ばずにはいられなかった。

「マ、マーサさんっ!!」

 朝から繰り返されたホールでの騒動と、その後の惨状のおかげで、全てを片付け終えた頃にはレイラもマーサもぐったりと疲れ切ってしまっていた。落ち着くまではホールは無視して調理場に逃げ込んだレイラだったが、静かになったと確認しに戻った後はまた掃除用具の出番が待っていたのは言うまでもない。

「娘達が小さかった頃のことを思い出しますわね」

 片付けても片付けても散らかる部屋と、一日中お喋りが止まらず騒ぎ続ける幼い三人の娘達。懐かしい記憶が蘇ってきたのか、マーサの口から苦笑が漏れる。今ではその娘達もみな成人して嫁いで行き、次女のミーナは本邸で侍女として立派に勤めている。

 朝の仕事を一通り終えて、レイラと共に休憩室で食後のお茶を飲みながら、マーサはしんみりと語った。

「猫も人も同じですわね。親は子供の為に必死なんですもの」

 教育熱心な親猫達に同調はするものの、二匹が同時に狩って帰って来るのだけは勘弁したいものだ。温かいお茶を口にして、二人は同時にふうと溜め息を吐いた。