庭師が作業部屋の前に置いてくれていた薬草や瓶類を中へ運び入れ、レイラはそれぞれを壁面の棚にしまっていた。
 麻袋に入って納品された薬草は種類ごとに大瓶に移し替えたり、物によっては袋のまま棚に並べたり。薬瓶や薬草茶の瓶は木箱に分けてから隅に積み上げていく。

 ここに来て随分と薬草の種類を覚えた。名前や効能は以前の弟子入り先にあった図鑑のおかげでいくらかは頭に入っていたが、ただそれだけだった。ここではそれらを実際に手に取って触ったり匂いを嗅いだりすることができる。アナベルの扱う薬草の種類はとても豊富だったから、一気にたくさんの薬草を知ることができた。

 今朝の納品分を一通り片付け終えた後、ついでにと薬草の在庫を確認していて気付いてしまう。

 ――結構、ダブってる?

 棚に収まりきれず麻袋のままずっと部屋の片隅に積み重ねられている薬草が、今日入って来た物と同じ種類だったりすることがかなりあった。まさかと思って、雑に置かれた麻袋の中身も順に確認していけば、追加発注されたけどまだ在庫が残ってたという現象が次々に発覚していく。

「アナベル様、もしかして勘で発注されてる?」

 そうとしか考えられない在庫量。呆れて思わず言葉が漏れてしまう。何となく大雑把だなとは思っていたけれど、こうして大量にダブついた薬草の在庫を目にすると、疑惑が確信へと変わる。間違いなく、森の魔女はずぼらだ。

 もう呆れを通り越して、おかしくなってくる。どれだけ傷薬を作るつもりなんだと、突っ込みたくなる量の袋が作業台の上に山積みになっている。中身は全部同じ草だ。

 完全に不良在庫化しかけている分を選り分け、レイラは中を確認しつつ本来あるべき棚に収めていく。都度ごとにきちんと片付けていれば起こらないことだが、アナベルのことだ気にしてもいないのだろう。

 調薬コストを少しでも下げようと自ら薬草を採取したり栽培したりする魔女もいる中、この立地にも関わらず材料のほとんどを街から仕入れている森の魔女。
 彼女は生活の為に薬を作っているのではないし、仕入れにまつわる予算を考える必要もない。欲しいと思った分をそのまま発注するだけだ。

 それでもおそらく、領内の薬魔女の中で一番利益を出しているのはアナベルだろう。卸せば瞬く間に売り切れてしまうくらい、森の魔女の作る薬は支持されているのだ。

 かと言って、この無駄の多い状況を見過ごすことはレイラにはできない。庶民の感覚として、あまりにも勿体ない。今日レイラが気付いていなかったら、麻袋から出されないまま劣化して、一度も使われずに廃棄される物も多かっただろう。

 ――何て、勿体ない……。

 とりあえず床に積み上げて放置したままなのが問題だと、調薬の材料は残らず全て壁面の棚に収めていく。代わりにそれまで棚の下段を占領していた壺等は作業台の下に移動させた。普段使う道具は決まっているのだから、それ以外は奥へとしまい込んでも問題ない。

 部屋の一角に置きっぱなしだった袋が収納場所を得たことで、随分と床がすっきりしてお掃除もしやすそうになった。マーサからほうきを借りてきて、薬草の粉末だらけの床板を掃いて回る。

 棚と壁の僅かな隙間にほうきを挿し入れた際、カサカサと何かの紙が引っかかる音が聞こえた。隅に溜まった埃と共に、ゆっくりと掻き出してみると、色褪せた一枚の紙が埃まみれの姿を現した。

「何だろう?」

 四つ折りにされたそれの埃を手で払い、恐る恐る開いてみる。汚れてはいるが上質な紙に、落ち着いた文字で書かれていたのは、薬のレシピのようだった。
 たまに見かけるアナベルの柔らかい字とは違い、達筆で少し癖のある字だ。勿論、マーサの物とも違う。見覚えのない字。

 記されている薬草には普段アナベルが使っていない物も含まれていたので、森の魔女が作らない薬のレシピかもしれない。見ただけではレイラには何の薬なのかは検討もつかなかった。

 棚の隙間から発掘した紙をどこに置こうかと室内をキョロキョロ見回して悩んでいると、部屋の扉が開く音がする。

「まあ、随分キレイにしてくれたのね。さすがレイラだわ」

 魔女仕様の黒ワンピではなく、清楚なお嬢様風の出で立ちのアナベルが目を丸くして立っている。服装から察するに、今日は作業部屋に入る予定は無かったけれど、レイラが片付けていると聞いて様子を見に来てくれたのだろう。

 他の部屋と違って世話係の手が入らない荒れた室内が、窓を開いても粉の舞わない安全な空間になっているので、驚くのは無理もない。整理されて見やすくなった薬棚の前で立ち止まったアナベルは、照れたように笑っている。棚の一段を丸ごと占拠してしまっている薬草のことに気付いたらしい。

「注文し過ぎてたみたいね。レイラに傷薬の練習をいっぱいしてもらわないと」

 見習い魔女の登竜門とも言うべき傷薬の調薬。基本の作業を身体に覚えさせるには丁度良いのだが、あの在庫量で一気に作ると薬店から納品を断られそうだ。

 アナベルの台詞に笑いを堪えていたレイラだったが、手に持つ紙の存在を思い出して差し出した。

「こちらが棚の横から出て来たんです。薬のレシピでしょうか?」

 渡された四つ折りの紙を開いた森の魔女は、即座にはっと息を飲んで口元を抑えた。
 見覚えのある文字で書き記された薬のレシピ。とっくに諦めていた。自分には伝承することが出来なかったのだと……。

「凄いわ、レイラ。先代の秘伝のレシピよ、これ」
「えっと……先代っておっしゃるのは、アナベル様の――」
「ええ。父方の祖母のことよ」