背の高い木々が多い森の中は、日が落ちるのが極端に早い。先に早めの昼食を取らせてもらったレイラは、昼の少し前には館の結界を出た。森の魔女に弟子入りしてから初めてで、久しぶりの外出のお供は二匹の猫。
 結界の境まで見送りに出てくれた師からは、「これ以上ない護衛よ」と太鼓判を押されていたが、猫達は目に付く枝や草の匂いを嗅いだり、岩があれば飛び乗ったりと自由気ままに歩いている。

 弟子入りする際に持ち込んだ荷物の中から、黄色の魔石を探り出して、朝一でアナベルから魔力補充をしてもらった。今はそれを御守りとしてポケットに忍ばせている。
 ただし、魔獣除けは獣から感知されにくくする為の物で、自分達が進む先にすでにいる物には効果はない。なので、この先で魔獣に遭遇しないという保証はないが、無いよりはマシだ。

 目的の場所は館の裏口から東へ真っ直ぐ進んだ先。図鑑によると、傷薬に使う薬草が群生しているらしい。取った薬草を使って一人で一から調薬してみようと、レイラはとても張り切っていた。
 そこはアナベルも何度となく採取に行ったことがあるようで、特に歩きにくい箇所もなく、ただ真っ直ぐだと教えられる。

 森の中の道なき道を東へ向かって進んでいる途中、先を歩くティグがこちらを気にして時折は振り向く仕草を見せていることに気付く。そして、寄り道しながら自由に歩いているように見えた三毛猫のナァーも、レイラからは付かず離れずの距離を保っているようだった。
 レイラが草に足を取られてつまづきかけると、二匹は同時にその場で立ち止まっていたし、枝が邪魔をして潜り抜けられないとレイラだけが迂回している時も、ちゃんと待ってくれていた。

 ――本当に、護衛みたいね。

 自分よりも身体の小さい猫達が、まるで護衛騎士のように見守ってくれていることが、何だか微笑ましい。薄暗い森の中でも、二匹が傍にいてくれるから怖くはない。

 目的の群生地まではもう少し――そう思った時、目の前の茂みからツンとした獣の臭いが漂って来る。バキバキという小枝を踏み折る音とともに現れたのは、中型の魔獣。鋭い牙と角を携えた猪型の魔獣は、唸り声を上げながらこちらへ向かって来る。

 生まれて初めて遭遇した魔獣の獰猛な呻きと、敵意剥き出しの視線に、レイラは身体が動かなくなる。逃げようにも足がすくみ、一向に言うことを聞かない。はっと息を飲んだまま、次の呼吸もままならない。
 武器も持たず、攻撃魔法も使えないレイラには反撃する手段がまるでなかった。

 怖いっ――それ以外の感情は湧いてこず、その場で立ち尽くすしか出来ない。そんな少女の目の前を二匹の猫が守るように立ち塞いだ。広げられた翼は、その体躯からは想像つかない程に大きい。二匹は並んでレイラの前に翼の壁を作ると、全身の毛を逆立てて魔獣へと威嚇の声を同時に発する。

 次の瞬間、レイラの位置から見えたのは、猫達の口から放たれた光の塊だった。その光は真っ直ぐに魔獣へと向かい、ぶつかると同時に獣の身体を包み込んで消える。そして、その場に残されたのは、黒い消し炭だけ。まるで魔獣が影だけを残して姿を消してしまったかのように、地面に残された炭痕。

 ――これが、聖獣の光魔法……? 確かに、古代竜も倒せそうかも。

 魔獣の姿が無くなったことに安堵すると同時に、猫達のあまりの強さに呆気に取られていた。普段に館で見せている、だらしない姿は何なのだろうか。

 すでに翼を折り畳んで、先を急ぐように鳴いて呼んでくる猫達の後を、レイラは慌てて追いかける。薬草の群生地はもう目と鼻の先だ。


「めちゃくちゃ、強かったです!」

 お目当ての薬草を麻袋にたっぷりと採取して戻って来た弟子の、最初の台詞がそれだった。多少の予想はしていたものの、あまりの興奮度合いに少し引いているようだったが、アナベルは嬉しそうに微笑みながら話を聞いてくれている。

「竜を倒した話も、やっと信じられるようになったかしら?」
「勿論です! 虎じゃ無理です、トラ猫でないとっ」

 有名な物語に登場する英雄と共に古代竜を討伐した契約獣の虎が、実はトラ猫だったという秘話。レイラも一応は聞いていたが、イマイチそこまで信じてないところはあった。でも実際に聖獣の光魔法の威力を目にしたおかげで、ようやく納得できるようになった。

 採取してきたばかりの薬草を乾燥するよう指示して、アナベルはポットでお湯を沸かしていた。レイラのこの様子から、今日は興奮し過ぎて眠れない可能性がありそうだと、リラックス効果のある薬草を選んで入れていく。

「しっかり乾燥させておかないと、粉末化できないわよ」

 両手を壺に添えて薬草から水分を飛ばす作業に集中している弟子へ、はっぱを掛ける。レイラ達が森に入っている間に、弟子用の小さな壺と小鍋を用意しておいてくれていた。魔力量に合う道具を使えば、少量ずつだが調薬は可能だ。

 アナベルも初めて一人で作ったのは傷薬だったと、自分が子供の頃のことを懐かしく思い出していた。そう、初めて作った薬の試験台は同じ歳の従兄弟だったかしら、と。