いつものように魔女仕様の黒い装いで、朝食の場に降りて来たアナベル。でも、その日はマーサによって即座に部屋に戻され、白のブラウスに紺のロングスカートという清楚な出で立ちへと強引に着替えさせられていた。
庭師が運んで来た荷物の中に、一通の封筒が含まれていたからだ。
「別に、構わないのに……」
不機嫌さを露骨に顔に浮かべながらも、世話係が用意してくれた朝食を残すことなく食べ切ると、ソファーに場所を移す。そして、その日に届いた書類や手紙に順に目を通していく。先にソファーを陣取って丸くなっていたトラ猫のティグは、隣に腰掛けて来た魔女の顔をちらりと覗き見た後、すぐに前足に顔を埋めて寝直してしまう。
蝋封を施された形式的な物から簡易な物まで、森の館に届いてくる封書は様々だ。アナベルは社交的な事柄には一切参加していなかったが、それでもお茶会や晩餐会などの誘いは定期的に送られてくる。彼女の立場と年齢を考えると、おそらくは今が一番そういった類いの招待が多い時期なのだろう。
とりあえず全てを開封はしてみるが、手紙によっては頭の数行だけ見て、ポイとテーブルへ投げ置く。大雑把な扱いを受けた封書はそのままの状態で放置されてしまうから、後で世話係が密かに中身を再確認してから処分するのが常だ。
返信が必要な物だけが作業部屋や主寝室へ持ち込まれ、アナベルが書いた返事は庭師によって本邸経由で翌日には発送されることになる。
急ぎの連絡は契約獣を使って街へ取り次ぐこともあるが、それは滅多にない。
今日受け取った封書には返信を必要とするものは無かったようで、全ての手紙類をテーブルに重ねると、アナベルの隣に登ってきて毛づくろいを始めた三毛の子猫、アヤメを抱き寄せて膝の上に乗せる。
いきなり抱き上げられて不思議そうな顔をで見上げてくる子猫の鼻筋を指で撫でてやると、三毛猫はうっとりと目を細めている。まだ小さな耳は親猫よりも少しばかり厚みがあり、指で挟んでゆっくりと撫でるとゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
毛流れに沿って背中に触れると、アナベルは折り畳まれた翼の感触に気付く。
「あら、生えてきたのね」
まだ身体の大きさに対しては小さいが、これが徐々に大きく長くなれば親猫同様に飛べるようになるのだろう。生えたばかりの頼りない翼だが、この子がただの獣ではなく聖獣の子であることの証だ。
構って欲しそうに足下に擦り寄って来た黒猫のランも片手で捕まえ、その背を確認してみると同じようにか細い翼が出現している。いつの間にか親猫の半分近い大きさに育った子猫達は、聖獣として着実に成長しているようだ。
「困ったわね。館の中で魔法は撃たないように教えなきゃいけないわ」
聖獣らしくなってきたということは、光魔法を使えるようになったということ。さすがに大人猫達はわきまえているので無暗に放つことはない。けれど、まだ遊びと本気の力加減が分からない子供達だ、間違って魔法を発動させないとも限らない。
「ティグ、子供達にここでは魔法を撃たないよう、しっかり言い聞かせてね」
さり気なくアナベルに凭れかかって目を瞑っていた父猫は、名を呼ばれても縞模様の尻尾を数度動かしてみせただけだった。翼が完全に出来上がるまでに何とか策を考えないと。森の魔女は少しばかり眉を寄せる。
森の中でも太陽が一番高く上がる頃、館を覆うように張られた結界が揺らいだ。と同時に、思い思いにくつろいだり走り回っていた猫達の姿が一階から消えてしまう。まるで最初から猫なんて居なかったかのように、しんと静まり返った広いホール。
入口扉が叩かれる音がすると、マーサが小走りで駆け寄って来客を迎え入れる。世話係に案内されてホールへと入って来たのは、アナベルと似た栗色の髪を短く整えた細身の青年。護衛騎士を二人従えて訪れてきたのは、現領主の長子であり、アナベルにとっては従兄弟でもある、ジョセフ・グラン。
「ご無沙汰しております、ジョセフ様」
深々と頭を下げて、世話係は分かりやすく上機嫌だった。本邸でも勤めていた経験のある彼女にとって、彼のこともアナベルと同様に幼い頃からよく知った存在だ。そして何より、マーサが敬愛する領主様のご子息でもある。この訪問は歓迎せずにはいられない。
「先触れは、ちゃんと届いていたかな？」
「ええ。確かに、お受け取りいたしました」
ソファーへと案内しつつの二人の会話に、アナベルは少しむっとした表情を浮かべている。先ほど、彼女が目を通していた手紙の中には従兄弟からの物は混ざっていなかったし、前日の分でも見た記憶はない。ということは、つまり――。
「マーサ宛にしたのね……」
「アナベルに送っても、読んでも貰えない可能性があるからね」
「今朝は着替えろって、すごくうるさかった理由が分かったわ」
してやったりと微笑んでいる優男に、ふぅっとわざとらしい溜め息をついてみせる。
確かにアナベルのことだ、差出人名だけでまともに読まず弾いてしまいそうだし、かと言って先触れ無しに訪れでもしたら、口うるさい世話係から礼儀がなっていないと注意される。考えた末の策は功を奏したようだ。
「で、今日はどういったご用件かしら？」
「ちょっと噂を聞いてね。――この館に関することで」
庭師が運んで来た荷物の中に、一通の封筒が含まれていたからだ。
「別に、構わないのに……」
不機嫌さを露骨に顔に浮かべながらも、世話係が用意してくれた朝食を残すことなく食べ切ると、ソファーに場所を移す。そして、その日に届いた書類や手紙に順に目を通していく。先にソファーを陣取って丸くなっていたトラ猫のティグは、隣に腰掛けて来た魔女の顔をちらりと覗き見た後、すぐに前足に顔を埋めて寝直してしまう。
蝋封を施された形式的な物から簡易な物まで、森の館に届いてくる封書は様々だ。アナベルは社交的な事柄には一切参加していなかったが、それでもお茶会や晩餐会などの誘いは定期的に送られてくる。彼女の立場と年齢を考えると、おそらくは今が一番そういった類いの招待が多い時期なのだろう。
とりあえず全てを開封はしてみるが、手紙によっては頭の数行だけ見て、ポイとテーブルへ投げ置く。大雑把な扱いを受けた封書はそのままの状態で放置されてしまうから、後で世話係が密かに中身を再確認してから処分するのが常だ。
返信が必要な物だけが作業部屋や主寝室へ持ち込まれ、アナベルが書いた返事は庭師によって本邸経由で翌日には発送されることになる。
急ぎの連絡は契約獣を使って街へ取り次ぐこともあるが、それは滅多にない。
今日受け取った封書には返信を必要とするものは無かったようで、全ての手紙類をテーブルに重ねると、アナベルの隣に登ってきて毛づくろいを始めた三毛の子猫、アヤメを抱き寄せて膝の上に乗せる。
いきなり抱き上げられて不思議そうな顔をで見上げてくる子猫の鼻筋を指で撫でてやると、三毛猫はうっとりと目を細めている。まだ小さな耳は親猫よりも少しばかり厚みがあり、指で挟んでゆっくりと撫でるとゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
毛流れに沿って背中に触れると、アナベルは折り畳まれた翼の感触に気付く。
「あら、生えてきたのね」
まだ身体の大きさに対しては小さいが、これが徐々に大きく長くなれば親猫同様に飛べるようになるのだろう。生えたばかりの頼りない翼だが、この子がただの獣ではなく聖獣の子であることの証だ。
構って欲しそうに足下に擦り寄って来た黒猫のランも片手で捕まえ、その背を確認してみると同じようにか細い翼が出現している。いつの間にか親猫の半分近い大きさに育った子猫達は、聖獣として着実に成長しているようだ。
「困ったわね。館の中で魔法は撃たないように教えなきゃいけないわ」
聖獣らしくなってきたということは、光魔法を使えるようになったということ。さすがに大人猫達はわきまえているので無暗に放つことはない。けれど、まだ遊びと本気の力加減が分からない子供達だ、間違って魔法を発動させないとも限らない。
「ティグ、子供達にここでは魔法を撃たないよう、しっかり言い聞かせてね」
さり気なくアナベルに凭れかかって目を瞑っていた父猫は、名を呼ばれても縞模様の尻尾を数度動かしてみせただけだった。翼が完全に出来上がるまでに何とか策を考えないと。森の魔女は少しばかり眉を寄せる。
森の中でも太陽が一番高く上がる頃、館を覆うように張られた結界が揺らいだ。と同時に、思い思いにくつろいだり走り回っていた猫達の姿が一階から消えてしまう。まるで最初から猫なんて居なかったかのように、しんと静まり返った広いホール。
入口扉が叩かれる音がすると、マーサが小走りで駆け寄って来客を迎え入れる。世話係に案内されてホールへと入って来たのは、アナベルと似た栗色の髪を短く整えた細身の青年。護衛騎士を二人従えて訪れてきたのは、現領主の長子であり、アナベルにとっては従兄弟でもある、ジョセフ・グラン。
「ご無沙汰しております、ジョセフ様」
深々と頭を下げて、世話係は分かりやすく上機嫌だった。本邸でも勤めていた経験のある彼女にとって、彼のこともアナベルと同様に幼い頃からよく知った存在だ。そして何より、マーサが敬愛する領主様のご子息でもある。この訪問は歓迎せずにはいられない。
「先触れは、ちゃんと届いていたかな？」
「ええ。確かに、お受け取りいたしました」
ソファーへと案内しつつの二人の会話に、アナベルは少しむっとした表情を浮かべている。先ほど、彼女が目を通していた手紙の中には従兄弟からの物は混ざっていなかったし、前日の分でも見た記憶はない。ということは、つまり――。
「マーサ宛にしたのね……」
「アナベルに送っても、読んでも貰えない可能性があるからね」
「今朝は着替えろって、すごくうるさかった理由が分かったわ」
してやったりと微笑んでいる優男に、ふぅっとわざとらしい溜め息をついてみせる。
確かにアナベルのことだ、差出人名だけでまともに読まず弾いてしまいそうだし、かと言って先触れ無しに訪れでもしたら、口うるさい世話係から礼儀がなっていないと注意される。考えた末の策は功を奏したようだ。
「で、今日はどういったご用件かしら？」
「ちょっと噂を聞いてね。――この館に関することで」
