その後、意味ありげなまま去った二十五歳の森川が引っかかり、堂城と氷高は、森川の受験先を探ることにした。
 しかし森川は「地元の国立大」としか言わなかった。物理学科の中に天文学を学べるコースがあるらしい。詳細なことはなにひとつ話さなかった。


 卒業式の日はすぐにやってきた。そして、森川は姿を消した。

 式を終え、天文学部の部室で最後のたむろをしていると、「教室に忘れ物をした」と言って部室を出ていった。堂城と氷高は、雪崩のように祝いの言葉を言いにくる後輩たちに気を取られ、ひとりで行かせてしまったのだ。
 異変に気づいたころには、学校のどこにも森川はいなかった。ふたりの下駄箱に、「今までありがとう。元気で」と書かれたメモが入っていた。

 堂城と氷高は、校舎の外れにあるベンチに力なく腰かけた。
「あり得ねえ。なんで消える必要がある」
 チッとまた舌打ちが飛ぶ。
「伝わってしまっていたのかもな。黙っていなくなるということは、それが日向が返した答えなのかもしれない」
 頭上で咲き誇る桜に、虚しさを寄せる。薄ピンクの花弁が制服に落ちたと思えば、ひらひらとまたどこかへ飛んでゆく。
「俺はそんなヘマはしない」
「どうだか」
 ふたりだけになった堂城と氷高は、自分への苛つきを互いにぶつけてしまいそうになっていた。
「あいつを引き入れるために、わざわざ望遠鏡をねだったくせに」
「ろくに興味もなかったお前が、天文学部に理由を教えてくれたら答えようか」
 張り付いた笑顔は、限界を迎えていた。
 手からこぼれてしまったものを、掴むことはできない。鳴らないスマホを何度も確認するたび、胸のなかに黒いものが渦巻いてゆく。
「もういい。お前とも今日でおさらばだ」
「ああ、やっとだ」
 単なる売り言葉に買い言葉だった。
 それなのに、かけ違ったボタンを直すことができないまま、ふたりはそれぞれに校門をくぐった。