それから私は、あの浜辺に通うようになった。
 そこではいつも清太郎が待っていた。
 私たちがその浜辺以外で会うことはなかったけど、沢山のことをした。
 海で泳いだり、釣りをしたり、何もせずにボーっとするときもあった。
 辛い時は慰めてくれた。いいことがあったときは一緒に喜んでくれた。
 私たちは何でも話せる親友だった。
 カードゲームやボードゲームを持ち込んですることもあった。
 これらは特に白熱した。
 私はカードゲームに強かった。
 自分の手札の運がものすごく悪い時以外ほぼ全勝していた。
 清太郎はボードゲームに強かった。
 囲碁や将棋、チェス、オセロ……何をしても何度してもなぜか一回も勝てないのだ。
 私たちはお互いに挑戦をし続けた。
 お互いが師匠であり弟子だった。
 
 いつの間にか清太郎は私にとってなくてはならない存在になっていた。
 いつの間にか清太郎のことが親友としても、師弟としても、一人の男の子としても大好きになっていた。
 
 そんな幸せな日常のとある一日。
 その日は私の誕生日だった。
 その日の私も例外なく浜辺に来ていた。
 でも、清太郎が見当たらなかった。
 私の誕生日、忘れたのかな……とか不安がよぎる。
 でも、ちょっと来るのが遅れただけよねって思って気長に待つことにした。
 私はさらっさらの砂の上に座り、ぼーっと海を眺める。
 しばらくして、やっぱり寝転ぶことにした。
 視界いっぱいに真っ青な空が広がる。
 時計は着けない派なので時間はわからない。
 でも、これだけはわかった。
 清太郎のいない浜辺はとっても退屈だってこと。
「わあっ!」
「わわあ!」
 声と同時に視界いっぱいに清太郎の顔があった。
 び、びっくりしたぁ……
 それにしても綺麗な顔だと思った。
「えへへ、驚いた?」
「うん。びっくりした! てか清太郎遅い!」
「ごめんごめん、ちょっとね、これを……」
 そう言った清太郎の手にはクマのストラップ。
「お誕生日おめでとう、満歌」
 この時、私は本当に泣きそうだった。
 大好きな人に祝ってもらえること。初めて、プレゼントをもらえること。
 それが、どんなに幸せなことなのか。
「ありがとぉ……」
 清太郎は笑っていた。
 その顔に寂しさは感じられなかった。
 私たちの間には幸せが流れたいた。
  
 それから、私たちはいつも通りに過ごした。
 トランプで大富豪とババ抜きをした。
 囲碁と将棋をした。
 結果は当たり前のようにいつも通りで何も変わらなかった。
 2人で夕焼けを見た。
 様々なあかに染まる夕焼け空は海に反射してさらにその美しさを増していた。
 
 そして、夜が来た。
 私たちは、あの日と同じだった。
 砂浜に寝転んで夜空を見上げていた。
 あの日と同じ宝石箱が私の前にはあった。
 あの日と違うのは、私がこんなにも幸せで、そして隣で同じように空を眺める清太郎のことがこんなにも愛おしいこと。
 あの日から、私は清太郎の友達になり親友になり、なぜか師弟にもなった。
 私にはいつからか清太郎に恋をしていた。
 だから、恋人にもなりたいと思った。
 今しかないと思った。
「ねえ、清太郎。私ね初めてここで星空を見た日から清太郎から沢山のことを学んだ。色んな清太郎を見てきた。親友に、師弟になった。そしたら、いつの間にか大好きになってた。だから、恋人にもなりたい。私は、清太郎が好き。私の恋人になってくれませんか」
 沈黙が、流れた。
 いや、時間にしては短かったとも思う。
 ダメだなって思った。
 こんなにかっこよくて、好きな人でもいるんだろう。きっとモテモテなんだろう。
 私じゃだめだ。
「僕も、好き。沢山の満歌を見てきた。何にも一生懸命で、親友に師弟になった。愛おしくて愛おしくてしょうがなかった。僕は満歌よりずっと前から君が好きだよ。恋人になりたい。そう思ってるんだ。両想いになれたらなんて何度考えたかわからない。僕は、今幸せだ。とても嬉しい。でも、僕は満歌の恋人になれない」
 なにも言えなかった。
 今、私はひどい顔をしているだろう。
 聞きたいことが沢山あった。
 でも、聞けなかった。
 聞いてはいけない気がした。
 

 その日は清太郎が家まで送ってくれた。
 あの日と同じだった。
 最後の角を曲がると、家が見えた。
 私たちは自然と足を止めた。
 なにか言わなきゃだと思った。
「清太郎、ありがとう。悲しかったけど、嬉しかったよ。お祝いも、プレゼントも……またね」
 我ながら変なこと言ってるなって思った。
 でもこれが、今の私の精一杯だった。
 私は家に入ろうとまた歩き出した。
「まって……」
 清太郎のこんな弱い声初めて聞いた。
「なに……」
「僕こそ、ありがとう。満歌は僕に沢山の幸せを教えてくれた。僕は満歌を、恋を知ることができて本当に幸せだ。だから、満歌幸せになるんだよ。体調にも気を付けて、満歌は満歌の人生をしっかり生きるんだよ。名残惜しいけど、元気でね満歌」
 なんで、そんなこと。
 私は振られただけなのに、一生の別れみたい。
 ぼんやりとした街頭に照らされたコンクリートに黒いしみが増えていく。
「清太郎」
 私は振り返って、数歩後ろにいた清太郎に抱きついた。
 迷惑でもいい。なんでもいい。
 今、手放したらもう一生会えない気がした。
 清太郎はそんな私の頭を撫でてくれた。
 そして、控えめな声で聴かせるようにきらきら星を歌っていた。