なんでこうなってしまったのか考えることがある。
 清太郎との出会いは、小学六年生の時だった。
 あの日、私はお母さんと喧嘩をしていた。
 寝る時間になっても宿題をしていなかった私がお母さんに怒られた。
 私はお母さんが大好きだから、いつもなら素直に反省する。
 でもなんかその時私は思った以上に不機嫌だったみたいで、家を飛び出してしまった。
 お母さんは追いかけてきたけど、私が最近見つけた秘密の抜け道を使ったからすぐに見失ったみたいだった。
 私はそのあと海辺まで走った。
 夜に一人なのに、なぜか怖くなかった。
 空は星が瞬いていてキラキラと明るかった。
 子供っぽいけど大きな大きな宝箱みたいだと思った。
 夜の海辺は綺麗だけど退屈だった。
「きーらきーらひーかーるーおーそーらのほーしーよー」
 突然聞こえてきた歌。
 きらきら星はお母さんが好きな曲。
 寝る前にいつも歌ってくれるのが嬉しいんだ。
 お母さん?
 振り向くと、そこにいるのは知らない男の子。
 それはそうだ。よく考えたら、声だって全然違う。
「わぁ、え」
 知らない人についって言ったらだめよってお母さんが言ってたし、
 私は、慌てて逃げようとした。が、ドジな私は、砂に足を取られて転んでしまった。
「うわぁ、大丈夫?」
 そう言って知らない男の子は私を起こしてくれた。
 意外といい人なのかも知れない。
「うん。大丈夫」
「そっかよかった。僕、金沢清太郎(かなざわしんたろう)。君は?」
「花里満歌」
「可愛い名前だね。お母さんがつけてくれたの?」
「うん」
「ほんとに素敵な名前だ。うん、満歌ちゃんも名前に似合うかわいい子だ」
 気が付いたら目の前に清太郎と名乗る男の子の顔。
 なんだ、君だって綺麗な顔してるじゃん。
 てか……。
「顔、近い」
「あ、ごめんねついついくせ……あ、みっ満歌ちゃんが可愛くて」
 そう言って彼は少し離れた。
 妹でもいるのかな。
 でもそれなら、なんでそんなに焦るんだろう。
「清太郎君はあぶないひと?」
 ほんとに危ない人なでもここでうんと答える人はいないだろう。
 でも確認したかった。
「いや? でも、世の中にはいっぱいいるからね、危ない人が。あぶないよ? こんな時間に一人で」
 そんなのわかってる。でも……。
「しょうがないの……わかってるし私が悪いの」
 砂に埋まった小さなガラスが小さく光った気がした。
 前の方から声がした。
「ほら、お嬢さんこっちにおいで、海風がすごく気持ちいよ」
 顔を上げると、清太郎君が座って自分の右側をポンポンしていた。
 私は恐る恐る近づいて隣に座った。
 確かにほんのり冷たくて優しい風が私たちの周りを通り過ぎて行った。
 規則的な波の音が、鳴りやまない風の音が私たちを取り巻いて、まるで永遠の中に放り込まれてしまったみたいだった。
 どのくらい時間が経ったのだろう。
 長かったようにも一瞬だったようにも感じる。
「ねえ満歌ちゃん、寝転んでみてよ」
「うん」
 言われた通りにその場に寝転ぶ。
「わぁ……」
私の視界いっぱいに星空が広がっていた。
「綺麗でしょ?」
「うん……プラネタリウムみたい」
 一度だけ、お母さんといったことがある。
 お部屋いっぱいに星空が広がっていて、お星さまについて色々教えてくれた。
 帰りにお母さんが星形のチャームを買ってくれたの。
 嬉しくて、私はすぐにランドセルに着けたんだ。
「僕ね、ここの星空が大好きなんだ。ここにきてこうしていると、嫌なことも苦しいことも全部どうでもよくなるようなそんな気がする。こんなこと言って、なんだ、って思うかもしれないけどなんか君がほっておけなくて、僕にはこんなことしかできないんだけどさ、少しでも元気出してくれたらいいなって」
 清太郎君はきっと私が思ってる何倍も優しいんだろうな。
 いつの間にか喧嘩した時の嫌な気分はどっかに消え去っていた。
 ほんとに不思議だ。
「あのね、ありがとう。いまねとってもいい気分」
「よかった。満歌ちゃん泣きそうな顔してたから」
 そっか、私泣きそうだったんだ。
「お母さんとね、喧嘩しちゃったの。私が悪いんだ。宿題をさぼったから。それをお母さんが注意するのは当たり前でしょう?」
「そうだね、宿題はしなきゃだめだ」
 隣で神妙な面持ちで頷いていた。
「そう、だから悪いのは私なんだ。勝手に家を飛び出してお母さん振りきってきちゃった」
「そうだったんだ。でも、わかるよ誰でもあるからそういうときも、だから帰ったらちゃんと仲直りするんだ」
 そう話す清太郎君の横顔はなぜかものすごく大人びていて……。
 いまさらながら、清太郎君はいくつなんだろうと思った。
「うん。約束する。家に帰ったらちゃんとお母さんに謝る」
「ん、いい子だね」
 そう言って清太郎君は私の頭を撫でてくれた。
 清太郎君の手はほんのり暖かくて優しかった。
「さっ、満歌ちゃん。そろそろ帰る時間だよ」
「うん。帰らなきゃ」
 
 清太郎君は私の家の近くまで送ってくれた。
 行きとは違って秘密の抜け道は通らずに普通の道で帰った。
 帰ってる途中、清太郎君と色々な話をした。
 清太郎君と居るとまるで時間の流れが何倍速になってるんじゃないかと思うほどであっという間で楽しかった。
 最後の角を曲がると、家が見えてきた。
 家には電気がついていた。
 お母さんは家にいるみたいだ。
「家、着いたみたいだね」
 私の表情から悟ったのだろう。
「うん。ついた」
「満歌ちゃん。大丈夫だよ。お母さんは満歌ちゃんを待ってる。だって、満歌ちゃんは満歌ちゃんのお母さんの宝物なんだから」
 まるでほんとに聞いたことあるみたいな話し方。
「なんで清太郎君が知ってるのよ。お母さんの口癖」
 清太郎君はハッとした顔をして、
「どんなお母さんでも我が子のことはそう思うものなんだ」
 なんでもない顔でそんなことを言った。
「そっか」
 聞きたいことはいっぱいあったけど、今はそんなことどうでもいい気がした。
「ほら、帰らなきゃ。お母さん待ってるよ」
「うん、帰るよ」
 でも、これだけは聞かなきゃ……。
「あの……!」
「ん?」
「また、会える?」
「きっとね」
 そう言って清太郎君は小さく笑った。
 その笑顔は少し寂しげなものを私の心に残した。
「それじゃあ、またね」
「うん、ばいばい」
 


 家に入るとお母さんは玄関で靴を履こうとしていて
 私が視界に入ると大泣きしながら私に抱き着いてきた。
 どうやら、もう一度探しに行くところだったらしい。
 私もお母さんの背中に手を回す。
 そして言いたかったことを言う。
「お母さん、ごめんなさい。宿題してないの私が悪いのに、勝手に怒って家飛び出して心配させた」
 お母さんが私から手を放す。
 泣いているからか少しはれぼったくてキラキラしたお母さんの目と合う。
「うんん、お母さんこそ、満歌はいつも頑張ってるのにたまには休みたい日だってあるのに、何も聞かずに怒ってごめんね」
「あのね、お母さん。大好き。いつまありがとう」
「お母さんも満歌のこと大好きよ。満歌はお母さんの宝物なんだから」


 そのあと、いつものようにお布団に入った私にきらきら星を歌ってくれた。
 お母さんの声は聴いていて心地いい。
 曲が進むにつれて私の頭はだんだんとふわふわと働きをやめていく。
 私は、清太郎君にまた会いたいと願って……
 そして、いつのまにか寝ていた。