莉亜が生きる時代から遥かな昔。外つ国から押し寄せた近代化の波が入り乱れ、文明開化の風が吹き始めた時世。
神域に繋がる公園はまだ存在せず、代わりに古の時代よりこの地を見守り続けてきた神社が建っていた。
祀られている神はこの地の五穀豊穣や商売繁盛を司る豊穣の神。毎年春の祈年祭と秋の新嘗祭には祈りと感謝を捧げに多くの地域住民が参拝に訪れるという、地元民から愛される神であった。そんな住民の祈願に答えるように、豊穣の神はその土地の農作物に実りを与え、旅人や商売人が自然と立ち寄るような賑わいを栄えさせた。
そんな神には一つだけ問題があった。それは清き乙女が捧げる四つの供物――神酒、米、水、塩しか受け取らないというものであった。
地元で醸造された清酒とその年に収穫された新米、神社の神域に湧く清き湧き水、そして不浄を滅するとされている新鮮な塩。
この四種類を、神社を管理する宮司の一族が毎日奉納することになっていたが、この豊穣の神は未婚の乙女が差し出す神饌しか断固として受け取らないと言われていた。そして豊穣の神が神饌を受け取らない限り、この地を守護する神の神力は衰退し続けて、やがてこの土地から神の加護は消滅するとも――。
神の加護が散じた土地では、疫病や災害が発生する。川は濁って植物は育たず、人や動物たちは病苦にもがき、やがてこの地を離れる。人や動物がいなくなった地には誰も住まなくなると言われていたのだった。
この地に生きる人たちのため、豊穣の神を祀る神社と豊穣の神の座す本殿が建立された時から、豊穣の神に神饌を捧げる役目は、宮司一族の清き乙女が担い続けていた。
本来であれば神として人々に祀られている以上、神はその土地を守護し、人々が豊かに安全な生活を送れるようにしなければならない。
それをこの地を加護する豊穣の神は長らく放置していた。清き乙女が神饌を捧げないからという身勝手な理由だけで――。
この時も豊穣の神は年季の入った木造の本殿に供物を持ち込む者を木の上から眺めていた。
永遠に近い時間を生きる神と、限られた一瞬しか生きられない人では生きている時間が違う。神にとっての清き乙女というのは、流れ星のように瞬きする間に次々と変わる存在であった。
それが数十年前からは清き乙女ではなく、むさ苦しい男たちが供物を寄進するようになった。当然、神はそんな汚らわしい男たちからの供物を黙殺し続けた。
例え、その年の農作物が凶作で商売が傾き、本殿に向かって地元の有力者たちが坐して、祝詞を唱えられたとしても。
処女が神饌を奉納しない限り、この地の豊穣を司る神は一切応えないつもりであった。
あの日、声を掛けられるまでは――。
神域に繋がる公園はまだ存在せず、代わりに古の時代よりこの地を見守り続けてきた神社が建っていた。
祀られている神はこの地の五穀豊穣や商売繁盛を司る豊穣の神。毎年春の祈年祭と秋の新嘗祭には祈りと感謝を捧げに多くの地域住民が参拝に訪れるという、地元民から愛される神であった。そんな住民の祈願に答えるように、豊穣の神はその土地の農作物に実りを与え、旅人や商売人が自然と立ち寄るような賑わいを栄えさせた。
そんな神には一つだけ問題があった。それは清き乙女が捧げる四つの供物――神酒、米、水、塩しか受け取らないというものであった。
地元で醸造された清酒とその年に収穫された新米、神社の神域に湧く清き湧き水、そして不浄を滅するとされている新鮮な塩。
この四種類を、神社を管理する宮司の一族が毎日奉納することになっていたが、この豊穣の神は未婚の乙女が差し出す神饌しか断固として受け取らないと言われていた。そして豊穣の神が神饌を受け取らない限り、この地を守護する神の神力は衰退し続けて、やがてこの土地から神の加護は消滅するとも――。
神の加護が散じた土地では、疫病や災害が発生する。川は濁って植物は育たず、人や動物たちは病苦にもがき、やがてこの地を離れる。人や動物がいなくなった地には誰も住まなくなると言われていたのだった。
この地に生きる人たちのため、豊穣の神を祀る神社と豊穣の神の座す本殿が建立された時から、豊穣の神に神饌を捧げる役目は、宮司一族の清き乙女が担い続けていた。
本来であれば神として人々に祀られている以上、神はその土地を守護し、人々が豊かに安全な生活を送れるようにしなければならない。
それをこの地を加護する豊穣の神は長らく放置していた。清き乙女が神饌を捧げないからという身勝手な理由だけで――。
この時も豊穣の神は年季の入った木造の本殿に供物を持ち込む者を木の上から眺めていた。
永遠に近い時間を生きる神と、限られた一瞬しか生きられない人では生きている時間が違う。神にとっての清き乙女というのは、流れ星のように瞬きする間に次々と変わる存在であった。
それが数十年前からは清き乙女ではなく、むさ苦しい男たちが供物を寄進するようになった。当然、神はそんな汚らわしい男たちからの供物を黙殺し続けた。
例え、その年の農作物が凶作で商売が傾き、本殿に向かって地元の有力者たちが坐して、祝詞を唱えられたとしても。
処女が神饌を奉納しない限り、この地の豊穣を司る神は一切応えないつもりであった。
あの日、声を掛けられるまでは――。