「ふうん」
同窓会の会場から少し離れたところにあるバルに連れて行くと、湊は感心半分疑念半分といった視線で店内を見渡した。
「どうした?」
「なんだか手慣れてるなあって。彼女でもできた?」
「別に」
「本当に? 晴夏ちゃんとかと何もないの?」
「なんでそこで乗松の名前が出てくるんだよ」
むむむ、と唸りながら湊はじっと俺のことを見てくる。やましいことは何もなく、単に仕事の付き合いで色々と覚えただけだ。
それを説明しても湊は納得せず――と思ったところで、湊はくしゃりと表情を崩す。
「なんか、前にもこんなやりとりしたよね」
「神戸行った時だろ。生田神社」
「そうだね。もう十年くらい前かあ、懐かしいなあ」
遠くを見るように湊が目を細める。その仕草も懐かしかった。かつて遠くの船を追いかけた視線。今の湊はその視線よりもずっと先にいる。
「湊は今、どこで働いてるんだっけ」
「モザンビークで港の建設に携わってるよ」
細められていた湊の目がパッと見開かれる。その瞳が熱を帯びる様子も懐かしい。
「そっか、夢を叶えたんだな」
「まだ途中だけどね。難しいことも多いけど、少しずつ港から街が広がっていくのはすごいやりがいがある」
湊は、あの頃から変わらない。出会ったばかりの頃に自らの夢を語ったのと同じ熱量で、海外での仕事について語っていく。知らない土地と海の話だったけど、何もない場所に新しい世界が広がっていく様子は思い浮かべるだけでワクワクした。
「舟木君は? 造船会社に就職してたよね」
「何の因果か、風で進む船を造ってるよ」
二年生に上がるときに造船コースに進み、大学院を修了して造船会社に就職した。地元ではなく東京を本社とする造船会社に就職したのは、遠くを目指す湊の影響が少なからずあったと思う。
ところが、配属されたのは先進的な船舶を研究開発する部署で、そこで風の力で航行する船の開発に携わることになった。
「学生の頃は、環境なんてピンとこないって言ってたのにね」
「本当に」
俺の答えに湊はニッと頬をあげる。多分、俺も同じような顔をしていると思う。
湊と最後に話してから五年程たっていたけど、そんな空白の時間なんてすぐに埋まっていく。
そんな湊だからこそ、湊の語る夢に乗ってみたいと思ったし、そのつもりでここまで進んできた。
「舟木君が造ってる船、いつ頃できあがるの?」
「まだ模型でのテスト段階だし、まだ何年もかかりそう。あ、だからさ。湊の夢を叶えるの、もうしばらくかかりそう」
今取り組んでいる船が実際に海を航海するのは何年どころか十年くらいかかるかもしれない。結局、湊が俺の何歩も先にいるのは今も変わらない。だけど、湊はひらひらと手を左右に振る。
「大丈夫。港づくりもまだ数年じゃ終わらないから」
「その間、ずっと向こうにいるのか?」
「うん。こんな機会滅多にないらしいし、そのつもり」
この夜が終われば、また湊とは会えなくなる。話せなくなる。
わかっていたはずなのに、かつての神戸で感じたものよりもずっと胸が苦しくなる。
次に会えるのはいつだろう。それは俺たちがあの日約束した夢を果たしたとき? いったいどれくらい先のことになるのだろう。
その未来を具体的に見据えることができなくて、今目の前にいる湊から目が離せなくなる。気が付いたら、その手を握りしめていた。
「え、え。舟木君?」
「あのさ、湊。俺、あの日の夢をこれからも追いかけるから。だから――」
湊は俺の言葉を遮るように俺が握りしめた手を俺の方にそっと押し返す。
「そこから先はダメだよ、舟木君」
俺を見つめる湊の瞳は熱っぽくて、潤んでいて。泣き笑いのような表情に息が詰まる。
「それ以上聞いたら、私は私の夢を追いかけられなくなる」
「そんなことはっ」
「寂しさも愛しさも、私は向こうまで持っていけないよ」
湊は俺の手を両手でギュッと握りしめる。その瞳から一滴の涙が零れ落ちて頬を伝った。
「わがままでごめん。だけど、今はまだ、舟木君には同じ夢を追いかける人であってほしい」
同窓会の会場から少し離れたところにあるバルに連れて行くと、湊は感心半分疑念半分といった視線で店内を見渡した。
「どうした?」
「なんだか手慣れてるなあって。彼女でもできた?」
「別に」
「本当に? 晴夏ちゃんとかと何もないの?」
「なんでそこで乗松の名前が出てくるんだよ」
むむむ、と唸りながら湊はじっと俺のことを見てくる。やましいことは何もなく、単に仕事の付き合いで色々と覚えただけだ。
それを説明しても湊は納得せず――と思ったところで、湊はくしゃりと表情を崩す。
「なんか、前にもこんなやりとりしたよね」
「神戸行った時だろ。生田神社」
「そうだね。もう十年くらい前かあ、懐かしいなあ」
遠くを見るように湊が目を細める。その仕草も懐かしかった。かつて遠くの船を追いかけた視線。今の湊はその視線よりもずっと先にいる。
「湊は今、どこで働いてるんだっけ」
「モザンビークで港の建設に携わってるよ」
細められていた湊の目がパッと見開かれる。その瞳が熱を帯びる様子も懐かしい。
「そっか、夢を叶えたんだな」
「まだ途中だけどね。難しいことも多いけど、少しずつ港から街が広がっていくのはすごいやりがいがある」
湊は、あの頃から変わらない。出会ったばかりの頃に自らの夢を語ったのと同じ熱量で、海外での仕事について語っていく。知らない土地と海の話だったけど、何もない場所に新しい世界が広がっていく様子は思い浮かべるだけでワクワクした。
「舟木君は? 造船会社に就職してたよね」
「何の因果か、風で進む船を造ってるよ」
二年生に上がるときに造船コースに進み、大学院を修了して造船会社に就職した。地元ではなく東京を本社とする造船会社に就職したのは、遠くを目指す湊の影響が少なからずあったと思う。
ところが、配属されたのは先進的な船舶を研究開発する部署で、そこで風の力で航行する船の開発に携わることになった。
「学生の頃は、環境なんてピンとこないって言ってたのにね」
「本当に」
俺の答えに湊はニッと頬をあげる。多分、俺も同じような顔をしていると思う。
湊と最後に話してから五年程たっていたけど、そんな空白の時間なんてすぐに埋まっていく。
そんな湊だからこそ、湊の語る夢に乗ってみたいと思ったし、そのつもりでここまで進んできた。
「舟木君が造ってる船、いつ頃できあがるの?」
「まだ模型でのテスト段階だし、まだ何年もかかりそう。あ、だからさ。湊の夢を叶えるの、もうしばらくかかりそう」
今取り組んでいる船が実際に海を航海するのは何年どころか十年くらいかかるかもしれない。結局、湊が俺の何歩も先にいるのは今も変わらない。だけど、湊はひらひらと手を左右に振る。
「大丈夫。港づくりもまだ数年じゃ終わらないから」
「その間、ずっと向こうにいるのか?」
「うん。こんな機会滅多にないらしいし、そのつもり」
この夜が終われば、また湊とは会えなくなる。話せなくなる。
わかっていたはずなのに、かつての神戸で感じたものよりもずっと胸が苦しくなる。
次に会えるのはいつだろう。それは俺たちがあの日約束した夢を果たしたとき? いったいどれくらい先のことになるのだろう。
その未来を具体的に見据えることができなくて、今目の前にいる湊から目が離せなくなる。気が付いたら、その手を握りしめていた。
「え、え。舟木君?」
「あのさ、湊。俺、あの日の夢をこれからも追いかけるから。だから――」
湊は俺の言葉を遮るように俺が握りしめた手を俺の方にそっと押し返す。
「そこから先はダメだよ、舟木君」
俺を見つめる湊の瞳は熱っぽくて、潤んでいて。泣き笑いのような表情に息が詰まる。
「それ以上聞いたら、私は私の夢を追いかけられなくなる」
「そんなことはっ」
「寂しさも愛しさも、私は向こうまで持っていけないよ」
湊は俺の手を両手でギュッと握りしめる。その瞳から一滴の涙が零れ落ちて頬を伝った。
「わがままでごめん。だけど、今はまだ、舟木君には同じ夢を追いかける人であってほしい」