毎年、暑い季節になると、決まって彼女が避暑と称して町にやってくる。
 麦わら帽子にレースのついた白のワンピース。
 二人分のキャンディを入れた硝子瓶を小さなポシェットに潜ませて。

「ホロウ! 今日の硝子玉は?」
「ちゃんと持って来てるよ」

 リースと会うとき、少し離れた所では大人が常に心配そうな眼差しで俺たちの様子を見守っていた。
 彼女の身分が貴族令嬢であり、大人たちが侍女と護衛だと知ったのは、初めて出会ってから数年後のこと。
 その頃には、彼らが俺たちに向ける眼差しも、幾分か信頼の籠った温かい眼差しへと変わっていた。

 明るく穏やかで、たまに物悲しそうに大人びた印象を見せるリースは、町の同年代の女の子と比べて可愛く整った顔立ちをしている。
 そんな彼女が、俺の作った硝子玉を手に、俺に向けてとびきりの笑顔で微笑むんだ。
 俺が彼女に求めるものは、いつしかキャンディから彼女の笑顔へと変化していた。
 会う機会が年に数週間しかないにも関わらず、身分の高い彼女に惹かれてしまったことに気付くのにも、数年はかからなかった。

 それでも俺は彼女と会うことを止めない。
 俺はリースの硝子玉を目にした時のキラキラとした笑顔が見たくて、彼女は気泡の籠った俺の硝子玉を見たいだけ。
 そんな友人関係を続けていた。

「どう? これなんか気泡が少なくて上手くいったと思うんだよ」
「えー。確かにきれいだけど、私は泡がいっぱい入っている方が好きなのに。ホロウったら、段々上手になっちゃうんだもの」

 気泡のある硝子玉を好む彼女だが、俺の腕が上達していくことを褒めてくれる。
 それが嬉しくてくすぐったくて、真っ先に成長の証を見せた。

「誉め言葉として受け取っておくよ」
「でも、本当は気泡が入ってるのも持って来てくれてるんでしょう?」
「うっ、良く分かったな?」
「ふふ、だってポケットがぱんぱんで重そうなんだもの」
「あー。それでバレてるのか。これだよ」

 ポケットに突っ込んだ巾着を取り出すと、ずっしりとした重みを感じる。
 リースがハンカチを地面の上に敷き、俺はその上に硝子玉を転がしていく。
 次第に詰みあがっていく硝子玉に、リースの目が宝の山を目にした子どものようにキラキラと輝いた。

「ふふ、ありがとう! 触っても良い?」
「ああ」

 きちんと許可を得てから硝子玉を手に取る様子から、彼女の育ちの良さが伺える。 
 彼女は鼻歌でも歌い始めそうに上機嫌な様子で、気泡の入り方が好みの硝子玉を吟味し始めた。

「でもさ、毎回そんなに見てて、飽きないのか?」
「うん」

 貴族令嬢の彼女は、いくらでも高級な宝石を選ぶことが出来るだろう。
 もしかしたら、芸術的なカットが施された上質な宝石たちにも、今と同じような笑顔を向けて選んでいるのだろうか。

 俺の前では不出来な硝子玉を無邪気かつ真剣に見比べる彼女の、俺が知らない令嬢としての姿。
 幼い頃までは俺の硝子玉だけに向けていたと思っていた笑顔を、他の誰かに向けているかもしれない。
 俺の知らない彼女の姿をあまり想像したいとは思えず、妄想を振り払うように頭を振った。

「気泡がいっぱい入ってるんだぞ? 失敗作なんだけどな」
「気泡がいっぱい入ってるから、良いのよ」

 気泡が多くて拙い硝子玉。
 まるで本当に、気泡の中に何かを見出すような真剣な眼差しで、俺が作ったそれを空に掲げて彼女が言った。

「だってこの隙間に、希望があるみたいでしょう?」
「あ……」

 ふと、儚い表情を浮かべていた彼女が硝子玉に吸い込まれて消えてしまいそうに感じて、俺は思わず手が伸びそうになる。
 しかしその直前、彼女が茶目っ気たっぷりに舌を出して微笑んだことで、伸びかけていた手が止まる。

「気泡なだけにね。なんて、えへへ」
「……面白いこと、言ったつもりか?」
「うん。つまらなかった?」
「うーん、俺の硝子玉と同じくらいには」
「ふふ。それじゃあ、私とホロウにとっては面白かった、ってことね」

 そう言って、彼女は再び気泡探しにのめり込み始めた。

 こうして彼女と会う度に思うことがあった。
 彼女が硝子玉の気泡へ向けるあの感情は、どこから来るものなのだろうか、と。

 そんなある年。
 いつものように硝子玉を手にしたリースが口にしたのは、彼女らしからぬ不穏な発言だった。

「私ね、数年後に死ぬの」
「え」

 気泡を見つけたのか、リースはいつものように硝子玉を空に翳している。
 あまりにも彼女の仕草からかけ離れた言葉に、俺は自分の耳を疑う。
 それでも幻聴ではないことに気付かされたのは、続きがあったからだ。

「首を刎ねられて、殺されるのよ」

 彼女が硝子玉を覗き込む表情は、まるで気泡に救いを求めるかのような切ない表情のようだ。
 もしかして、彼女はこれまで殺されるかもしれないと言う思いを抱えて、硝子玉の希望を見出そうとしていたのだろうか。
 けれども、俺は数年後に死んでしまうと言うリースの言葉が信じられず、上擦った声で彼女に問いかけた。

「な、なんで……? リースが貴族だから?」

 彼女は貴族だから、彼女を疎む他の貴族に命を狙われている可能性もある。
 そう考えたが、彼女は肯定しなかった。

「どうしてかな……? ただね、私が殺される運命だってことは、決まっているのよ」

 彼女の一言にぞっとする。

「だから、私の心はこの世界に置いてはいけないの」

 それはまるで、彼女がどこか異なる世界の存在であるかのように感じる口調だった。

「リース……」

 何故そうも、自らが殺害されることを受け入れるように淡々と口にすることが出来るのだろうか。
 それが不愉快でふと彼女の横顔を再び振り返ると、どこか虚ろな表情を浮かべた頬に一筋涙が伝っていた。

「……死ぬなんて、言うなよ……」
「……」
「俺の作った硝子玉の気泡に希望が詰まってると思うなら、いくらでもくれてやる。だから、死ぬなんて言うな」

 俺が震えた声で口にすると、彼女は苦笑した。

「本当に?」
「ああ、だから……」

 だから、そんな悲しい顔をしないでくれ……。