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六月、梅雨の時期。夏へと進んでいく。
―――雨が降ればいいのに。
そう願いながら、いつものように少しうつむいて電車から降りた私は学校に向かって歩いていた。
六月になったばっかりの雲ひとつない晴れた空、風に吹かれて背中にかかる長い髪が、着ている制服が、自然と生えている植物たちがゆらゆらと揺れる。
これから、どんどん暑くなるこの季節が嫌いだ。この眩く光る、この晴れた空が。
少しだけ空の方を見上げて思っていると高校の校舎が見えてきて、黙々と足を動かして校門を潜り抜けた。
昇降口の方を見てみると今日は挨拶運動で立っている生徒会の人たちが居なくて良かったと少し安堵する。
校舎の中に入り靴を履き替えて教室に向かった。
うつむいたまま、誰かに話しかけられたりしないように速歩きをしながら向かっていると運悪く先生に遭遇してしまう。
最悪だ。今日はついてない。
「おはよう!」と先生は私とは正反対の明るく元気な声で掛けられる。
先生からの挨拶を無視したりすると不思議に思われそうで挨拶を返さないわけにもいかないし、顔をうつむかせたままというわけにもいかない。
こういうときは、いつも息苦しいのだ。きっと、息をするように見かければすぐにただ挨拶をするだけの人には一生分からないことだろう。
先生に聞こえない小さく息を吐いて顔をあげる。先生と目が微妙に合わないようにしながら「おはようございます」と挨拶を返した。
少しかすれたような声になってしまったけど、しっかりと言えた。この声を聞いた先生は違和感を感じたりしなかったはずだ。
挨拶を返すとすぐに先生の横を抜けてまた、うつむいて教室へ向かう。
挨拶されては、相手に挨拶を返す。たったそれだけなのに一瞬のことなのに、私にはその一瞬がとても長く感じてしまう。まるで、頼ることができる人が誰も居ない教室で苦手な教科の授業をなんとか乗り切ったような疲れが一気にやってきた。でも、こんなことなんていつものことだと無理矢理そういう思うようにして、気持ちを切り替える。
心を落ち着かせるために、息を吐いてはゆっくりと吸う。深呼吸を繰り返した。
もう、他の先生と遭遇したくなくて、速歩きで歩いて自分のクラスの教室へたどり着く。
『周りの人の目を、気にしちゃ駄目だ』と心の中で唱えながら、教室への扉をゆっくりとスライドさせた。
ドアを開けると誰が入って来るのかとクラスメイトがいっせいに目を私の方に向ける。でも、私だと分かるとすぐに目を背け、それぞれ今やっていることにすぐに集中する。
一瞬だけど、見てくるこの視線がずっと嫌い。慣れることができないのだ。
私はうつむいたまま教室に入り、自分の席がある場所に向かって、その席に座る。教材を机のなかに入れたりしながら、一時間目の授業にある教科の教科書やノートを机の上に置いた。