不明瞭な空。淡い色の桜。薄くなった月を求めていた。

🌕

 早朝、(うぐいす)の声で目が覚めた。場所は部屋の真ん中、テーブルの前。まだ眠気が残る目を擦る。それから辺りを見回した。

「おはよう」

 貴方が生きていると願って発した言葉は、宛先の無い言葉。部屋はいつもと変わらない。二人分のマグカップと二人分のスリッパ。私の趣味では無いジャズのCD。三年前から何も変わっていない。その風景に、貴方が居ないだけ。

「夢、か。やっぱり」

 虚ろに呟いてから立ち上がった。眠気まなこでベランダへ向かってみる。虚ろな足取りの為、途中で小指をぶつけた。二足のサンダル。小さい方に足を通す。満開の桜が早朝の空気に白んでいた。

 昨晩をなぞる。室外機の上には、ちと酔うの缶。灰皿には長く真新しい吸殻があった。夢じゃないのか? そう困惑する。それとも本当に酒と煙草は嗜んだのか? 寝起きの脳内にはぐるぐると思考が巡っている。

 屈んだまま考えていても何も進まない気がして、サッと素早く立ち上がる。その時、ふんわりと芳醇な香りに包まれた気がした。鼻に残っているだけなのだろうか。脳は単純であるから。でも、少しぐらいドラマに期待したっていい。
 微かに残る、貴方がいた証。

 そこでハッと思い出し、手すりから上半身を乗り出す。立派な桜の根元を見下ろしてみた。桜の木の下には、朝日を反射して何かが小さく煌めいている。私は着替えもしないまま走った。