お互いそれ以上何も言わずに時間が経った。それが一分なのか十分なのか。はたまた一時間なのか。時計が無いこの場所では、時間が曖昧に進んでいる。違う方向を見ている私たち。少しだけ、彼との距離が離れているのを感じた。

「ごめん。言いすぎた」
「いや、そんぐらいで良いよ。ごめんね」

 互いに鼻を啜りながら交わされる会話は、仮想空間の様に現実味がなかった。魂がふわふわと漂って、三浦悠と立花みづきと言う二人を、俯瞰して見ている様な気分だった。それはまさに、映画を見ている様だ。

「…………僕だって、もっと一緒に生きたかったよ」
「分かってるよ。大丈夫。ごめんね」

 頬を伝う雫が妙に擽ったくて、それを手で拭った。手の甲が濡れる感覚を、鼻の奥が痛い事を、喉が詰まっているのを、それらを全部確かめて、改めてこれが現実なのを理解する。

 また無言が空間を支配した。私は寂しくって、少しだけ右に寄ってみた。そうすれば、彼の温度を感じられる様な気がしたから。

「そうだ。みづきに渡したい物があって」
「何?」

 まるでこの話は終わりとでも言うような切り出しだった。ただ、私もこの話を続ける様な勇気は備わって居ないから、それに自然に乗っかる。
  
「あのさ、桜の樹の下には死体が埋まっている! なんて言うでしょ? まぁ死体は埋まってないけどさ、遺言。あるから」
「え?」

 彼のそんな告白に、間の抜けた声が出た。遺言って何だろうか。遺書でも遺品でも無いのは何故だろうか。私の頭の中で疑問が渦巻く。

「良かったら、受け取って欲しいな」

 彼は花の様にふわりと笑った。その顔は、私が持っている言葉では表せない程、美しかった。私は無言で彼の言葉を待った。
  
「でもそれに囚われないでほしい。悠の人生だし。悠が自分で、幸せに生きられてたらそれで良いから」

 その言葉で察した。憧れが少しだけ現実に近付くらしい。だから、受け取らない選択肢なんて無いだろう。


「僕は君の呪いになりたくない」


 まるでフィクションの様なセリフ。そこに不純物は何も無く、ただ純粋に心を埋めた。その時、何か糸が切れた気がした。何も考えずに、私は彼に抱きついた。彼の胸の中で、声を上げた。

 頭と背中に貴方の手の感触。私とは違う、妙に静かな胸の中。感じるはずの無い温度を感じる。

 いい大人がこんなに泣きじゃくってる。でもそんな日があったって良いでしょ。子供になりたい日だってあるの。皆そうでしょ。私は今日がその日だっただけだ。

「のろいじゃ、ない。みづきは、おまじないだよ」

 息が吸えなくて苦しい。それでも言葉を吐き出す。貴方がくれた言葉の全部が愛おしいから大丈夫。貴方からの言葉はおまじないだから。

「ねぇ悠。騙さなくたって良いんだよ。心のままで良いんだよ。僕が愛したのは悠の全部だから。弱い所も強い所も、全部を愛してるから。僕の為に等身大で居てよ」

 寄り添う様な直接的な言葉に耳を傾けていた。過去形なのが気になった。その優しさにまた泣いた。