着いたのは、薄暗い地下に潜むバーであった。
入り口には暗証番号を入力するような機械が備え付けられている。
上に監視カメラが設置されているのも確認して、俺は星子を隠すように星子の身体を背中に寄せた。
この扉を壊すことは、星子がいる以上できない。
潜ませた銃を一度握って、離す。
そして黒い機械を覆っている蓋を上にあげる。
「星子さん、ローマ字込の暗証番号のようです。何かありますか」
「ええ、暗証番号?ちょっと待ってね」
スター国物語をパラパラとめくるが、星子は「そんなの話にでてきてないよ」と嘆いている。やはり一度持ち帰って先輩に相談するべきだろうか。
「ローマ字と数字を掛け合わした暗証番号ってことだよね」
「はい、おそらく」
「私は小学校の時英語なんて全くできなかったし、話すとしたらヨウくんなんだけど」
「あっちも、星子さんが初恋だとしてそれを大事にしているとしたら、星子さんの誕生日とかに関係してる可能性ありませんか」
「違ったらなんか恥ずかしいからやめとこう」
「つべこべ言ってられないですよ」
「待って待って、ちょっと色々思い出してみるから!」
そう言って、人差し指をこめかみにあてる。年上なのになんだかかわいらしさがあり、思わず小さく笑った。そんなことを思っている場合ではないのに。
人間、危機的状況でもこんなことを思ってしまっているのだ、こわすぎる。
「確かね、アイマイはどこから来たかって話をした覚えがあるの」
「どういうことですか」
「侵略してくる前はどこにいたかって話」
「なるほど」
「なーんか難しいこと言ってた気がするんだけど」
うーん、と唸ってそして思いついたように顔を上げた。そして俺の肩を数回叩く。
「恒星の名前!」
「は?なんですか」
「確かね、恒星の名前だよ、英語と数字が並んでる」
「星子さん、恒星の名前なんて何個あると思ってるんですか」
「それはそうだけど、もう何年も前の話だし…なんか明るいって言ってたような、光の明るさが1番の星って言ってたと思う」
俺はポケットからスマホを取り出し、それを調べ始める。
光度が一番の恒星。よく分からないものが画面を埋め尽くす。もう少し絞った方がいい。
もう適当に思いついたもので銀河系で光度が1番の星、と調べた。
半ば諦めていた。ここまで突き止めたんだ、これ以上は星子を巻き込まない。
「ちょっと、ありすぎて分からないですね」
「ええ、ここまで来たのに!」
「ひとまず、場所は分かったので出直します」
溝口先輩が言っていた。情を入れすぎるなと。
あれは警告なのだと今更になって気づいた。
俺は、彼女ばかりみていていつもなら対処できていたことができなくなってしまっていた。
「エイチディー93129エー、ですよお客さんたち」
振り返った時には、頭に鈍痛がはしる。写真より幾分か大人になった悪人の顔が一瞬うつっていた。
「三瀬くん!」
そんな叫ぶような声を聞いて、「逃げて」と声にならない声が自らの口から出る。
星子さんは、きっとニコニコ笑っている爽やかな後輩と一緒にいたいんだろうな、とそんな場違いなことを思って意識は完全にシャットアウトした。