『川﨑ようた』その名前により、捜査は一気に進んでいった。
溝口先輩が、一枚の写真を俺の前に差し出した。
「いやー、川北星子は救世主だな。こいつ、間違いなく黒だぞ」
「どういうことですか」
「小学校6年生の卒業間近で、家で大暴れして実の兄を半殺しにして、傷害で一回警察がひっぱってる」
「家庭環境が原因ですか」
「そこら辺は調べないとよく分からないが、ひとまずそこからこいつは色んなところたらい回しにされたあと、
18歳で一度薬物所持でまた捕まって、それ以降は行方知らずだった」
「…なるほど」
自分のメモに川﨑ようたの情報が増えていく。同情するつもりなどさらさらない。
星子がこぼした川﨑の記憶は少し美化されたものではあったが、小学生の初恋なんてあてにはならない。
悪は、悪だ。
「こいつがペリクだという確証はないが、とっ捕まえて情報吐かせることはできるだろう。ついでに取り引きの場所も分かれば文句ないがな」
「…そうですね」
もし、もしだ。川﨑ようたがペリクだと仮定して、アイマイを作り上げたのだとしたら、彼はスター国物語を糧にして生きている。
すべてそれ通りに動いているのだとしたら、やっぱりキーはスター国物語となる。
そのノートが今ないのだとしたら、やっぱり星子の協力が必須だ。
鞄からスマホを取り出した。
そして星子の連絡先を画面に出す。
「すみません溝口先輩、ちょっと出てきます」
「高橋!ちょっとまて」
足を止めて振り返れば、溝口先輩は俺に近づいて不適な笑みを浮かべた。
「お前、なんか人間らしくなったな」
「っは、なんですか急に」
「いやー、なんでも!あんまり情入れすぎんなよ!」
先輩の拳が自分の胸を軽く叩いた。いつか言った「先輩にも、情とかそういうのあるんですね」という言葉はそれなりに腹が立っていたのだろう。やり返しをくらった。
俺は、くっと小さな笑みをこぼして「分かってますよ」と返事をして走り出す。
かけようとした電話は、あちらからかかってきた。
「あ、みつせ、じゃないや、高橋くん?」
「はい、ちょうど俺も今電話しようとしてたところで」
「そうなんだ、よかった。えっとね、スター国物語なんだけど、ノート見つかったよ」
「えっ、と、本当ですか、どこで?」
「公園にいた女子高生が持ってたの、なんで持ってたのかとか理由はちゃんと聞いてなくて。聞いた方がよかった?」
「いえ、ひとまず大丈夫です。今から会えますか?」
場所や時間を指定して、電話を切り俺は車にのって彼女のもとへ向かった。
少し浮ついた気持ちがないと言ったら嘘になる。こんな感情は初めてだったので、処理の仕方が分からなかった。今は、やらなければいけないことがある。そっちに集中しよう。
「別にね、探してたわけじゃないの。なんかむしゃくしゃして公園で飲んでたら高校生2人が青春しててね、なんか聞き覚えある単語がいっぱい出てくるなあって思っててきいてるうちに、私も色々物語の内容思い出してきたの。
あっ、これノートね」
助手席にのってそうそう早口で説明をはじめた星子は、俺にノートを差し出した。
ノートを視界に入れると、小学生の記憶が一気に蘇ってくる。
「運転するので一度持っておいてください」と彼女に返したあと、俺は車を発進させた。
「もし、川﨑ようたがペリクだとしたら、知りたい情報があります。
レホメディの取り引き場所です」
「取引場所?」
片手で車に乗せた資料をとり、星子に渡す。
星子はそれを視界に入れて不思議そうにめくった。
「警察が調べ上げた暴力団との取引場所としての候補のリストです」
「候補ありすぎでしょ」
「正直、アイマイの端くれを捕まえて取り調べても出てくる情報は説得力が皆無に近いです。
端くれがこぼす微々たる情報をもとになんとか調べ上げたリストですが、その中に何かめぼしい場所はないですか」
星子は「ええ、分かんないよ」と言葉をこぼしながらそれを1個ずつ読んでいく。
そして一度資料を膝の上に置いた。
「星子さん?」
「信じたくないけど、ヨウくんがペリクだとしたら、重要になるのはスター国物語だよね」
そう言って、ノートを開く。
そして「うわー、黒歴史なんだけど」と苦笑いを浮かべながらそれを読み始めた。
俺も小学校の辛い出来事の刹那で読んだ記憶のため、最後にそれがどうなったかも知らずに生きてきた。
続きが気にならないといえば嘘になる。
確か、リンデルとワンドという格差があるカップルがいてそいつらの恋愛物語かと思いきや、レホメディをめぐってアイマイが侵略してきてバトルが始まるという話だ。
しばらく無言で読み進めていく星子が、「あ」と小さく言葉をもらした。
「最後の話は、ヨウくんの番で終わってるわ。私も知らない」
「リレー形式で書いてたんですよね」
「うん。最後ね、ヨウくんが持って帰ってそれから私は受け取ってなかったの。
それでヨウくん、色々あったらしくて卒業前に遠くに行っちゃってね、それっきり」
誰がなんと言おうと、星子にとってそれは初恋の綺麗な思い出なのだろう。
ペラリとノートを一枚めくった。
「あはは、最後の決戦の場所、古手川だって。地元の川じゃんせめて日本語じゃなくて、カタカナとかに…」
そう言って、星子は何かを思い出したように動きを止める。
そして、資料に手を伸ばした。
「ヨウくんが、遠くに行く前に話したの、確か古手川だった。その時に様子おかしいなとは思ってて」
記憶をたどるように言葉をはいて、資料を人差し指で追っていく。
その動きがぴたりと止まった。
「あった」と。
俺はハンドルを強く握る。
「…オールドハンドって名前の会員制のバーがリストに入ってる」
俺の言葉に星子が驚いたようにこちらをみた。そして止めた人差し指を視界に入れて「オールドハンド」と小さな声で呟く。
「行きましょう、星子さん」
星子は強く頷いて、宝物のように『スター国物語』を胸に握りしめた。