私は書き途中の脚本をもって、依田先輩のところに向かった。はっきりさせたいことがあった。

「依田先輩」

今日は部活は休みであったが、なんとなく依田先輩は部室に来ていると思った。
脚本の締切は明後日。それまでは文化祭のことをすすめられないため、部活は休みだ。

依田先輩は部室の整理をしていた手を止めて私の方を振り返る。


「ひより、どうした」


低く、小さいけれど芯のある声。
私は容易に想像ができる、彼が舞台に立っている姿を。
私は重なった書き途中の脚本を握りしめて依田先輩に近づいた。

「私は、依田先輩が最後に舞台に立ってほしくて、今脚本を書いています」

依田先輩の瞳が揺れた。

「…なんで」

少し動揺したような声色がそこに響く。


「先輩、本当は演じたいんじゃないんですか」

「そんなこと思ったことない」

「前まで演者として表に出てたって」

「中学時代は人数が足らなかったから」


本当に。


「本当にそれだけですか?」


依田先輩は小さく息をはいて私に一歩近づく。
依田先輩の握られた拳が感情を押し込めるように力が入っていた。
まるで感情を押し殺すことが正解であるかのように、下手くそな笑みを浮かべる。


「純粋に、俺には演者は向いてないって話だ」


「嘘だ」

「嘘じゃない。俺は裏方が性に合ってる」

「本当は演じたくてうずうずしてるくせに」

「そんなことはない」

ペリクの仮面のように、依田先輩の気持ちはなかなか割れない。
私は、彼を変えられるんだろうか。


「私、なんとなく分かります。先輩に似ているキャラクターを書いているうちに先輩のことが見えてきた気がするんです」


「…どういうことだ」


「自分が生まれもった容姿は、誰かを魅了できるかもしれないけど時にそれが足枷になって、本当に欲しいものがある時に手を伸ばせなくなる」


「っ、お前に何が」


「先輩の悩みがどれほどのものか知らないけれど、そんなのくそくらえです」


そう言って私はそれを差し出す。


「私は、先輩に出てもらうためにこの脚本を完成させたいです。だから、話を聞いて、そして先輩のことをきかせてください」

先輩は逃げるように、私に背を向けて中途半端になっている片付けを進めはじめる。
また、そうやって逃げるんですか先輩。

私と先輩の間に大きな線が引かれていくような感覚だった。

これ以上、踏み込んでくるな、と。


「…あとでな」


永遠にこない、『あと』を吐き出して。