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俺は、間違っていたのだろうか。
いつもそんなことを思いながら朝をむかえる。
恨みのすべてを込めた食いしばるような声が頭から離れてくれない。
『本当に僕のことを助けたいなんて思ってたんなら、先生のやったことは迷惑で、余計なことだった』
そう言った彼の瞳は色がなく、その時俺は自分の中の正義が何か分からなくなってしまった。
「とと、おきて」
たどたどしい言葉と、お腹の重みで俺は薄く目を開けた。
視界に入ったのは、俺の腹の上にのり嬉しそうに笑った娘。
「…おはよう、ひより」
ベッドによじ登ってきたのだろう。最近立って歩けるようになったかと思えば自分を朝起こしに来てくれるようになったのだ。子供の成長は早い。
しみじみそんなことを思いながら、俺は3歳の娘のひよりを抱き抱えてベッドから起き上がった。
すると寝室のドアが俺が開けるよりも早く、静かに開いた。
顔覗かせたのは嫁の蘭子だ。
「サプライズよ、娘に起こされた感想をどうぞ」
「最高です」
「よし、成功だね。ごはんできてるよ」
屈託のない笑みを浮かべてそう言った蘭子に俺は心に広がるあたたかみを感じながら「ありがとう」と呟く。
抱きかかえた娘の重みを幸せに感じた。
絶対に手放したくない。
親が子を大事に思うことは当たり前のことであり、絶対的に子供は守るべき存在にあると思う。
それは、俺の中での揺るがない正義だ。
そう、言い聞かせている。
出来上がったごはんを前に俺はテーブルに座り、「いただきます」と手を合わせた。
ひよりが「いたーきます」と同じく手を合わせる。かわいすぎて娘の頭を撫でた。
「あら、ひよりちゃんせっかく髪の毛整えたのにととに台無しにされてる」
髪の毛がボサボサになろうがひよりは気にしないのかニコニコと笑っていた。
ひよりの前に並べられている、食べやすいように小さくされたごはんを整えたあと、蘭子が丁寧にひよりの髪をまとめる。
そんな日常を俺はぼんやりと眺めていた。
時々思ってしまう。『あの子』にもこういう日常はあったのだろうか、と。
まただ。
俺はあれから何をしていても、あの時の出来事を思い出してしまっている。
小さく息をはいて、白飯が入っている茶碗を持ち上げた。そして箸で白い塊をつかむ。ふと手が止まった。
「あの子は、ちゃんとごはん食べられてるかな」
「え?」
「今、そう思ったでしょう」
顔を上げればひよりの隣に座った蘭子が、俺をまっすぐ見つめていた。
問われたそれは、その通りだったため小さく頷く。
「わたしは、幸人くんがつらいなら先生を辞めてもいいと思うの」
嘘ではなく、本心だと思う。
『つらい』そう、つらいんだ。だけど、ここで逃げたら俺は後悔しか残らない。
小さな小さな自分の娘をみているとなおさら思う。
だからといって、今のままでは何も前に進めないことは明白だった。
「辞めないよ」
「幸人くん」
「俺が先生を辞めないことが、あの子への唯一の償いだと思うから」
強がっている。そんなことは自分でも分かっていたし、蘭子も分かっていたと思う。
だけど蘭子はそれ以上何も言わなかった。