目を覚ませば、まだ日は登っていない。
隣で寝ていたはずの彼の姿はなく、私は床にとっちらかっている服を着てあたりを見渡す。

まだはっきりしない意識のまま立ち上がって、ふと部屋にある鏡に自分をうつす。

首元には、紅いあとがついている。
がらにもなく浮ついてしまい、それを指先で撫でた。

洗面所の方で水の音がきこえた。

シャワーでも浴びているのだろうか。

私はゆっくりと洗面所につながるドアに近づいた。


「ーーーーは、おそらくーーー」


中から話し声聞こえ、私はドアに耳を当てた。こんな早朝に誰と電話しているんだろう。

そして三瀬くんの声だけでなく、電話越しの男の人の声までうっすらと聞こえてきた。怒鳴っているような男の人の声のため、ドア越しでも少し聞こえる。


『ーーだろ、たかはし!!』


「…先輩、声でかいです」


静かな声が中から聞こえた。
電話の人、三瀬くんのこと、『たかはし』って言っている。
どいうことだろう。とドアに押し当てている耳の圧を少し強めた。
寝起きのまわらない頭を必死にフル回転させる。


「川北星子は、おそらく何も知りません。

例のものもありません。とんだ無駄足でした」


三瀬くんの冷たく、感情のこもっていないその声は彼のものではないような気がした。
きいてはいけないと分かっているのに足が動かない。

三瀬くんの「では、また連絡します」と声が聞こえて、意味のない水の音がやむ。
離れないと、今すぐに。

何も知らないふりをするんだ、彼は彼で、私は三瀬くんのことが好きで。


「…星子さん」


目の前にその好きな男がいる。

いつもの爽やかな笑顔は消えており、私を視界に入れて少し困惑したように瞳を揺らした。

そしてまばたきをしたあと色をなくしたように私を冷たく見下ろす。

ーーー好きな人に裏切られたくない

そう言った木下さんの気持ちがよく分かった。だから、深く溺れていくのだと。

私は乾いた唇をゆっくりと開く。