口を尖らせて「こういう気分の時もあるの」と顔をそらすと、正面の部長がテーブルに出されているだし巻き玉子を2つほど箸にとり大口をあけて食べていた。
いつもは怒鳴り散らしているくせにこういう飲み会になるとご機嫌な部長。腹が立つので日頃の恨みを込めて一発殴りたいところだ。


「みふせは、ふかひからほへははろ!」


「部長、すみませんもう一度お願いします」


めいっぱい口に入れ込んだまま三瀬くんに話しかけた部長。三瀬くんは狼狽えながら人差し指を天井に向けた。
酔っ払いの戯言なんて愛想笑いで放っておけばいいのに真面目だなあ三瀬くん。
部長はビールでごくりと全て体の中におさめたあと、もう一度口を開く。


「三瀬は、昔からモテただろう」


ニヤつきながらそう言った部長に三瀬くんは言われ慣れているかのように

「そんなことはないですが、そうみえるのは嬉しいですね、ありがとうございます」

と流れるように言葉を放った。きっと彼はこういって今までそれとなく探るような褒め言葉を受け流してきたのだろう。

モテすぎるっていうのもつらいんだろうなあ、顔がいいと褒められた時に「はいそうです」と言ってしまえば高飛車だとヤジが飛ぶ。

人との距離感って、難しい。無難って難しい。

やはり、彼は完璧超人だ。

枝豆をひとかけら口の中に入れながら彼の横顔を見つめる。

私、絶対好きになっちゃダメな人を好きになっている気がする。


「三瀬はどんな子どもだったんだ?」


部長が三瀬くんにそう問う。三瀬くんは少し考え込むように瞳を下に向けて小さく息をついた。


「あまり喋らない子、ですかね」


「ほう、今とはまるで違うなあ」


「はは、そうですね、今とは違う」


「社会にでればそんなもんか!」とゲラゲラ笑いながらいつのまに頼んでいた日本酒を三瀬くんの目の前に差し出す。
三瀬くんは部長から差し出された日本酒の瓶を受け取り、姿勢を正して部長が差し出したコップにお酒をついだ。
こういう所作一つ一つが綺麗なんだよなあ、三瀬くん。きっと育ちがいいのだろう。

社会にでてしまえば嫌でもこういうことを覚えていくのだけれど、それに加え彼は人の話をよくきき、よく笑い、欲しい言葉をくれる。

まあ、少しミステリアスなところは垣間見えるけれど。

喋らないというのはいつまでそうだったんだろう。そして、


「なんで変わったの?」


そんな疑問を私がぶつけると、三瀬くんは私の方に顔を向け「鼻赤いですよ、星子さん」と私の鼻を人差し指で軽く触れる。
身を後ろにそり、後輩からの心臓をいぬく矢から逃れながら「質問に答えなさいよ」と彼の肩を酔っ払いの加減のできない強さで叩く。


「大人になれば、上手く生きていかないと社会から阻害されるでしょう?それを理解したんです」


「なるほどお」


「たぶん俺の話頭に入ってないでしょ星子さん」


「分かってるよっ、キラキラキャピキャピしてないと陽キャのグループに入れないって話でしょう」


ため息をつかれた。どうやら違ったらしい。
三瀬くんは「星子さんらしいなあ」と笑ってまたビールを飲んだ。

私は彼の横でお水を一口飲んで立ち上がった。


「星子さん、どこ行くんですか」


「ちょっとお手洗いに」


「大丈夫ですか?体調やばそうなら俺も一緒に帰りますよ」


優しいなあ。

「大丈夫大丈夫!気にしないで飲んでて!」


立ち上がってよろけないように足に力をいれながら三瀬くんに手を振った。