マンションは、お金持ちを匂わせるほど高く上を見上げると、首が痛くなりそうだ。
表札を見ると【眞鍋】ではなく【碧川(みどりかわ)】に変わっていた。結婚したのだろうか。
慣れた手つきで、インターホンを押すと、「はい、どちら様でしょうか」という女の人の声が聞こえた。
唯、唯だ。唯の、大人な落ち着いた声は変わっていなかった。
「与野というものです。碧川唯さんに用があり尋ねました」
「少々、待っててね」
相手が子供だと気がついたのか敬語が崩れた。
そう言われ、インターホンの会話は途切れた。
「どうぞ、上がって」
1分も経たないうちに玄関が開いた。そこから、失礼します、とお辞儀をしてリビングに入った。リビングには、高そうなテーブルと小さい赤ちゃんがすやすやと眠っていた。無駄なものは何一つ無い。ホコリも何もかもがなく驚いた。
「お茶を淹れるので、少し待っててね」
何分か経って、紅茶と茶菓子が出された。紅茶は、飲んでみたところアールグレイといったところだろうか。美味しかった。
「ご要件はなに?」
「その前に、一つ質問があります」
「何かしら?」
「"生まれ変わり"は、信じますか?」
あまりにも、唐突すぎて言葉を失っていた。
「もちろん、信じるわ」と唯が言ったときは嬉しくなった。これは、話が早いかもしれない。
「なぜ?」
「実はね、あたしは"前世の記憶がある"の。また、前々世も。あたしそのもの、いいえ1回目の人生から全て記憶しているの。1回目の名前は、(はるか)。2回目は、灯里(あかり)。3回目は、優子(ゆうこ)。4回目が(つむぎ)
そして、最近だと15回目は八木愛(やぎまな)。16回目が世良愛(せらまな)。ちなみに、世良愛までは八木愛の記憶がうっすらとしか保管されて無かったんだけど、何故か急に思い出したのよ。多分、人はこの世に未練があるほど色濃く覚えているんだと思うの。あたし自身が感じたことなんだけどね。
で、そしてあたし旧姓眞鍋唯って言うの。今は、碧川唯だけどね。って、わかんないよね、ごめんね」
「いいえ、分かります。僕も前世の記憶があるので」
「あら、誰だったのかしら?」
「与野、紘一です…」
「え、紘一くん?」
「唯。そうだよ。今は、与野叡だけどね」
「そう、やっと会えた」
「うん」
「用件はやっぱり?」
「うん、瑠璃のこと」
「そう、ね。進くんからは、何が聞いた?」
「海で見かけたことだけ」
「本当はね、瑠璃は言ってほしくないんだと思うの。でも、紘一くん今から言う言葉ちゃんと受け止めてあげてほしいの」
受け止めて、ほしい?なぜ、だろう?
「瑠璃ね、紘一くんが亡くなってしまった後、"PTSD"になってしまったの」
ドクン、と心臓が脈動した。
"PTSD"なんて、進は教えてくれなかった。あるいは、知っていたけれどわざと教えなかったのか?頭が混乱していた。
「"PTSD"で、瑠璃は過呼吸になったりフィッシュバッグ、現場となったところの回避行動、悪夢を見て魘されていたそうなの。紘一くん、大丈夫?」
僕の、顔色が悪いのか心配の声色をだした。僕の、せいだ。あのとき、僕は死んではいけなかった。
ごめん、ごめんねー、瑠璃ー。そう思った。
「紘一くん、顔を上げて。瑠璃はね、あなたをずっと待っているの。海でとくに」
「でも、いなかったよ」
「本当に、ちゃんと捜した?瑠璃と紘一くんは、もう出逢っているんだよきっと。瑠璃はね、気付いている。それに、紘一くんが気が付いていないだけ。だから、もう1回ちゃんと捜したら?」


「おんぎゃあー」
赤ちゃんが目を覚ましたらしく、唯が抱っこしてあやしていた。
赤ちゃんを抱っこしたまま、唯は続ける。
「あとね、瑠璃は病気なんだよね」
ポツリと、呟いた言葉を僕は聞き逃さなかった。
ハッとしたように、弁解をしていたが僕は本当のことだと思った。 
 
しばらく経ってから、瑠璃の話から赤ちゃんの話に変わった。
名前を尋ねると、「唯夏(ゆいか)」だそう。
唯夏ちゃんは、夜泣きが激しめで1時間ごとに起こされて大変だと教えてくれた。
触ってみると、頬がぷにぷにしていて気持ち良かった。瑠璃との感触に少しばかり似ていてあの懐かしい記憶が蘇る。
いたずらで、僕が頬をぷにぷにすると、瑠璃も反撃して笑い合った。
懐かしい、記憶だ。
「唯、僕行ってくる!」
「いってらっしゃい!
頑張れよー!」
そう言って、僕に手を振ってくれた。


                ◯◯◯◯


「紘一くん、瑠璃はあなたの声が届くとは限らない。でも、頑張ってね」
あたしは、紘一くんが出ていったあとそう、言った。