あー、疲れた......。

 大学生の時とか入社してすぐは三徹とかしても体が大丈夫だったけど、もう歳かな。

 たった一日徹夜しただけでこんなに疲れるとは......。

 本日も残業してすっからかんの電車に揺られ十時に一人暮らしには広すぎるマンションに到着。


 「ただいま......」


 家には誰もいないので、声は帰ってこない。

 これで返ってきたら、恐怖。

 除霊師とか巫女とか霊感ある人を呼ばないといけなくなる。


 「あれ?電気つけっぱ?」


 玄関とリビングの間にドアがあるから気づかなかったけど、リビングと台所に電気がついてる。

 今日は朝の七時ぐらいに家を出たから、十五時間つけっぱ......。

 電気もったいな!

 あー、今月の電気代どうなるんだろ......?

 来月毎日もやしとご飯だけになる可能性大。


 「もやしとご飯は嫌だよ〜って、え?!」


 何でテーブルの上にご飯が置いてあるんだ?!

 ちょっと、一旦ソファにカバンを置いて、テーブルに行くとまじである。

 湯気が立っているご飯に味噌汁。今、揚げました感がある唐揚げに、健康に気遣ったのかほうれん草のおひたし。

 最近家庭料理が食べたいなって思っていたけど、食べたすぎて幻覚見るなんて......。

 いつもはカップラとかお惣菜で済ましちゃうけど、食べちゃおっかな。

 幻覚でも味は感じられると思うし。


 「じゃあ、いただきます......」


 何から食べようかな。

 じゃあ、まず、メインらしき唐揚げから


 「?!」


 うまっ!

 肉柔らか!

 生まれた時からずっと食べ慣れた母さんとか親父の味、というよりも


 「志保(しほ)の味だ......」


 懐かしい。

 もしかして、この味噌汁も


 「志保のだ」


 俺の家は基本白味噌だけど、志保は赤味噌っていう出汁が効いたものだったっけ。

 初めて食べた時、あまりにも違いすぎてこれ味噌汁じゃないって思ったもん。

 このご飯ももちもちで、おひたしには俺が嫌いなごまが入っていて。


 「懐かしいな」


 空席の向かい合った席につい最近まで


 『もう、(さとる)。ちゃんと夕飯食べなきゃダメよ』

 『ほら、残さす食べて。ごまをちゃんと食べてね』


 って志保から言われていたっけ。

 夕飯を食べ終わると取り敢えず、流しに突っ込んどく。

 洗うのはもうちょっとした後でいっか。

 いつか洗うし。

 そういえば、まだ、今日の仕事終わってなかったけ。

 だけど、眠いしな......。

 十分くらい寝てからするか。

 スマホにアラームをセットして、さっきまで食べていたスペースに体を任せて目を瞑っていると、あっという間に夢の世界に入った。





 「悟、お仕事お疲れ様。夕飯出来てるよ」

 「今日の夕飯は......」


 何故か知んないけど、夕飯が分かる。


 「唐揚げかな?」

 「正解!後、ご飯と味噌汁とおひたしだよ」

 「......ごま入り?」

 「ごまも体にいいのよ?それに、もう25でしょ?体には気をつけないとだめ。長く生きるんでしょ?」

 「そうだな。志保がおばあちゃんになるのを見届けないとな」

 「なら、私は悟のおじいちゃん姿を見よっかな」


 リビングに繋がる戸を空けると、何年か前に見た日が沈む海岸に出た。

 そっか、夢か......。

 夢だったら、覚めないで欲しい。

 志保と話せる機会なんてもうないから。
 ちなみに今俺はサラリーマンの服からちょっとまで着ていた制服姿。

 懐かしいな。

 この制服ダサすぎて嫌いだったけ。

 学ランよりもブレザー着てみたかった。


 「ねえ、志保」
 

 なんか勝手に口が動くし体も動いた。


 「ん?どうしたの?」


 よりによってこの日か......。

 人生で一番緊張して、一番鮮明な記憶。


 「......夕焼け綺麗だね」

 「え?......そうだね?」


 夕日。海。誰もいない。

 告白の三拍子が揃っているのに、言葉が出ていない。

  もっと、頑張れよ、過去の俺。


 「さっきから黙っているけど、どこか痛いの?」

 「え?!いや、どこも痛くないよ!」


 痛いのは告白が出来ない過去の自分と緊張による心臓。

 付き合いたい人から告白の時に心配されるって......。


 「本当?怪しいんだけど?」


 こういう時に限って志保は勘がいいんだよな......。

 でも、もう疑われているし......。

 この勢いに任せて言わないと、一生言えねよー、過去の俺!

  あ、でも、この後告白するんだっけ。


 「志保、付き合って!」


 口から出たのはそのままの言葉。

 今更だけど、花束とか手紙とか用意しとけば良かったんじゃね?

 冷静になると気づいちゃう。


 「へ?!もしかして、ずっと黙っていたのって......」

 「そこはノーコメントで」


 タイミングが......(以下略)。

 今、思うと恥ずかしすぎる......。

 もう、これ、黒歴史な気がするよ。


 「......良いよ」


 ちょうど波の音で、志保の音はほとんどかき消されちゃったけど、ちゃんと聞こえた。

 今も昔も。


 「ほんとに?」

 「......何度も言わせないでよ.......」


 ぴぴぴぴ!ぴぴぴぴ!ぴぴぴぴ!

 脳内に響くけたたましいアラーム音と共に景色が白くなっていった......。





 「ん......」


 ぴぴぴぴ!ぴぴぴぴ!ぴぴ

 鳴り響くアラーム音を消す。

 今日は志保のことをよく考えるな。

 皿を洗おうと流しに行くと皿とか箸がない。

 横を見ると、綺麗に洗って拭かれた皿たちが並んでいる。


 「あれ?この家って事故物件だっけ......?」


 ここに住んでから二年くらい経ったけどこんなのは初めて。 

 でもさ、事故物件ってもっと怖いよな?

 ほら、突然テレビが消えたり、夜体が動かなかったりするようなやつがだった気がする。

 この家というかこの部屋もおかしなことが続いているけど、何か、その、かなり親切。

 電気つけっぱは置いといて、家に帰るとご飯が用意されている。

 放置していた皿が洗われている。

 それに、何となくなんだけど部屋が綺麗になっている気がする。

 台所の上に積み重なった食器。


 『拭いた食器は重ねて置いとくの。ほら、次のご飯の支度が楽になるでしょ?』


 俺はそのまま片付けていたけど、志保はほんのちょっと片付けて、残りは全部はそこに置いていたっけ。

 あー、何で今日はこんなに志保のことを考えるんだろうな。 

 いつもは思い出さないようにしているのに......。

 だって、思い出すと何も出来なくなるから......。

 でも、今日は不思議とそんなことはないけど。


 「......ちょっとテレビでも見て落ち着くか......」


 テレビの賑やかな音で悲しみを紛らわす。


 ー夜11時になりました。今日、6月14日に起きたニュースをー


 「6月14日?」


 その言葉が何度も頭の中で反芻される。

 スマホを見ても表記は6月14日。

 テーブルの上に置いてあるデジタル時計を見ても6月14日。


 「そっか......。志保が死んでちょうど1年経つんだな......」


 ちょうど1年前俺の恋人で世界一好きな人が死んだ日。

 何で死んだか分からないまま行ったら、志保が死んでいた。

 本当に寝ているように見えた。

 ほんのちょっと指先を触ってみると、冷たかった。

 なんで?なんで?なんで、志保が?

 頭に浮かぶのは?ばっかり。

 そこから先の記憶はなかった。

 気付いたら志保の葬式も火葬も終わっていて、志保がいない普通の毎日が始まっていた。

 仕事では普通にしているけど、心の中は空っぽで満たされることがない穴が空いていた。

 写真を見ると思い出しちゃうから、志保が映っている写真は全部片付けて見えないようにした。


 「一年もずっと考えないようにしていたし、写真とか全部片付けちゃったから、怒って化けてきたのかな......」


 でも、


 『もう、出しっぱなし!』

 『写真とかは置いとこうよ!』

 『部屋片付けて!』


 とか言って怒りに化けてほしい。


 「あれから、考えないように思い出さないようにしていたのに、結局志保のことばっかだな、俺は......」


 少し、外の空気を吸いにベランダに出ると月が眩しいくらいに光っている。

 「そんなに私が恋しいの?」


 聞き慣れた声。

 もう二度と現実では聞けない声。

 後ろを振り返ると、透けて見える志保がいた。


 「は?」


 いや、なんでいるの?

 会えてうれしいよりも疑問が出てきた。


 「今日は私の命日。1年に1度だけ前世に来れる日。悟ったら生活がだらしないわよ?」

 「......本当に志保だ......!」


 喜びが遅れて登場する。 

 間違いない。

 ようやく化けに来てくれたのか......!


 「化けに来てくれてありがとうございます!」


 「あの、私の話聞いてた?化けたんじゃなくて、今日だから来たの。1年に1度だけこっちに来れる日に!」

 「ふぇ?!来年も......?」


 1年で1度とはいえ志保と会えるんだ......!


 「そういうところはちゃんと聞くんだから。でも、悟がちゃんと生活出来たら、だけどね。ちなみに、今日は私が全部しといたわよ」

 「......もっと精進します」


 ちょっとずつだけど穴が満たされていく。

 ゴーンゴーン

 リビングに置いてある時計が12時の合図をする。

 小さな小人が踊っている中、ただでさえ透けている志保の体が透明に近づいていく。


 「志保、体が......」

 「もう、そろそろ終わりだね。悟、おじいちゃんになるまで長く生きるんだよ。そうしたら、迎えに行ってあげるから」

 「それは頑張らないとだな......」


 あの約束、覚えててくれたんだな。

 志保の分まで長く生きてやるさ。


 「それじゃあ、また来......」


 言い終わらないうちに、見えなくなった。

 こういうのって全部言い終わってから消えるもんだけど、何を伝えたいかは分かる。


 「そうだな、また来年」


 来年までには、ちゃんとした良い男になるよ。

 ブルルルルルルルルルルルル......

 せっかく決意表明していたところに、スマホの着信。

 しかも、よりによって電話。

 あ、つい癖で、出っちゃった。

 何してるんだよ、俺......。

 今日は失敗が多い気がする。


 『あ、もしもし、悟ー』

 『今、電話かけるな、春斗(はると)


 声から分かった。

 高校から職場まで一緒のやつだ......。

 こいつの電話って長いんだよな。


 『悟って独身でしょ?合コンやろうと思うんだけど、悟も』

 『行かない』

 『ずっと独身だよ?』

 『良いよ、別に』


 だって、俺が好きなのは幽霊(志保)なんだからー。

 まだ何か音がするスマホを切って、1年に1度だけ幽霊物件になることを知っている欠けていない月を見上げた。