「ねえ、ウミ」
「…」

アルコールが回っているせいで、ユキの目が心なしか熱を帯びている。
ハンドルを握りながら横目を向けると、ユキのほっそりとした腕に目がいった。

「帰りたくないって言ったら、どうする?」
「え?」
「今日、帰りたくない」
「…冗談」
「ウミ」

僕は無言で前を見ていた。
BGMすら流れていない静かな車内で、ユキの甘い声だけが響いていた。

「あの時みたいに、寂しいから?」

僕はそれだけを口にした。普段よりも低いトーンで、それがどういう意味か分かってる?と間接的に聞くように。

「そういうんじゃない。お父さんはもう、あの人ともう随分前に終わってる」
「じゃあ、なんで」
「…っ」
「俺の母さんと別れたってことは、もう普通の父親に戻ったってことだよね?」
「…ウミ」
「もう昔みたいに寂しくないんじゃないの」
「ウミ」
「あの時のことならもう忘れていい――、」
「――昔みたいじゃなくなったから!」

車の走行音に混ざるユキの甲高い声。
僕は速度を落として彼女を見つめた。

「もう昔みたいに制約がかかることがなくなったから…」
「…」
「素直にウミを求めることができるから!」

四年は長かった。
混沌とした東京で、一人浮草のような生活をして、今思えばいったいなにから逃げていたのかって話じゃないか。

「…帰りたくない」
「…」
「ウミ…お願い」

そんなの、ずるい。
まるで、四年前のあの日のようにユキは僕を誘いかける。
ウィンカーを出して大きく右折すると、国道のインターチェンジ近くにある、一際キラキラしたオレンジ色の建物の中に車ごと乗り入れた。
車を停車させ、エンジンを切ってもすぐに車から降りなかった。
しばらく沈黙。正面をずっと見ていた僕は、ふいにユキに視線をやる。

「こういうことであってる?」

ユキは俯いたまま頷いた。