「おっつー!」
「また集まろうぜー!」

高校の同窓会は午後十時を回ったところでお開きになった。
ばらばらと解散するクラスのメンバーたちに手を振って、最後に僕の前を通り過ぎようとしていたユキに声をかけた。

「ユキ、送り迎えは?」
「え? ああ、歩いて帰るよ」
「歩き? 近いし送っていこうか? 僕車だから」
「え、いいよいいよ。悪いし」
「駄目。夜の一人歩きは物騒だよ。ほら、乗って」

最終的に僕の押しに負けたユキは「お願いします」と頭を下げた。

「ウミ、車持ってるんだね」
「うん。だけど中古のオンボロ車だから大したものじゃないけど」
「私もはやく買わなきゃなあ」
「通勤はいつもどうしてるの?」
「んー、電車とかバスが多いけど…、最近はダイエットもかねて自転車通勤もしてる」
「いやいや、ユキは十分細いって」

ウィンカーを出して右折する。
勢いよく曲がりすぎたからか、車体がぐらりと揺れてしまった。
ごめん、と気遣うために横目を向けると、助手席に座っているユキはゆらゆらと瞳を揺らして僕のことを見つめてきていた。

――ああ、しまったと思った。
ユキの身体が細いことを、僕はよく知っている。


雪のように真っ白な肌、華奢な肩、折れそうな首筋。

きめ細かい素肌に指を滑らせる感覚。
ベッドが軋む音。
僕の下で漏らすユキの湿った女の声が、脳裏を駆け巡った。



「今日、お父さん帰ってこないから」

そう僕の耳元で囁いたユキは、食べかけのカレーライスをそのままに僕の腕を引っ張ったのだ。

ユキの部屋はユキの匂いしかしなかった。

はじめてこんなにも身体が熱くなった。
はじめてこんなにも誰かがほしいと思った。
僕の首に絡みついた腕に引き寄せられると、倒れるようにベッドに転がった。

「いいの?」
「うん」
「…本当に?」
「ウミ、お願い」

そんな目で見上げられたらたまったもんじゃない。
あざとく、誘惑するような眼差しで僕の頬を撫でてくるユキは、「抱いて、ウミ」そう言ってねっとりと絡むようなキスをしてきた。
どうしようもなく好きだった。
やり方なんて正直分からなかったけど、そこはもう意識せずとも本能的に身体が動いていた。

ユキの裸に興奮した。
柔らかな肌に触れてさらに身体が熱くなった。

僕が僕でなくなってしまうくらいに、ユキを強く求めると、彼女は上擦った声を出し、まるで勘違いしてしまいそうに愛おしい目をして甘えてきた。

彼女と素肌を重ねたのはその一回だけだ。
忘れもしない、暑い“熱い”夏の日。

──翌日、母親の新しい男の苗字が“田畑”だということを知る。

「母さん、彼と結婚しようと思うの」

田畑雪菜。
彼女の名前に結びつくのにそう時間はかからなかった。

それから、この想いから逃げるように東京の大学を受験することを決めた。
故郷から遠く離れた場所。都会の雑音は嫌なことを掻き消してくれるだろう。なにも考えなくて済む、それなりに安らかな暮らしを送ろう。

――僕と彼女は、まるでお互いがなにかを察したかのように距離を置くようになった。