高校の時のクラスの同窓会が開催される、という連絡が届いたのは、夏休みに入ってまもない頃だった。
同窓会とは名前だけで、ただ久しぶりに集まろう、との軽い趣旨の誘いに、僕は参加しようかしまいか正直決めかねていた。

「行って来ればいいじゃん」

携帯片手にベッドにうつ伏せになっている僕の上から愛美の声が聞こえてきた。僕の上で寝転がっている愛美はさらに僕の顔の隣に自分のそれを並べて来て。

「だって、地元遠いし」
「この機会に帰省しちゃいなよ。海斗もうずっと帰ってないんでしょ?」
「そうだけど」
「駄目駄目そんなのっ! たまには帰んなきゃ! あと何回帰れるか分かんないんだよ?」

ふっくらした唇が僕の視界の隅っこでちいさく動いた。
確かに、愛美の言う通り、大学進学のために上京してからというもの、一度も実家には帰ったことがなかった。

つい先月の七月になんとか就職先が決まったことも一切伝えずに、この夏もこの1K六畳の狭い部屋でそれなりに暮らしていくのだろうな、と漠然と考えていた。

だから本当に故郷に帰るつもりなどなかったんだ。
あの地に帰ってしまったら、この“決断”をしてしまったら、今の“平和”が少なからず崩されることになるのかもしれないと、心のどこかで危惧していたのかもしれない――。



自前の中古車を高速道路で走らせること五時間。さらにそこから下道を走って一時間。
両側を田んぼで挟まれただけの殺風景な国道にはコンビニすらなく、ここを走る車はびっくりするほどにとろかった。
退屈な風景もしばらくすると、荒々しい岩がひしめく大海原に変わった。
青々とした海は夏の季節によく映える。眩しい太陽。どこまでも続く地平線。

オープンカー、大型バイクに乗るライダーたちが僕のオンボロ自動車を追い抜いていった。
つい速度を落としてしまうくらいに、それは阿呆な表情をして見入ってしまった。

――果たしてここまで美しいものだったか。

この海の見える田舎町で過ごしてきた十八年。
その長い時間が、たった四年の間で泡沫のように薄れてしまっていたことに気付かされた。



「おかえりなさい。海斗」

実家に到着するともう四年も会っていなかった母親が迎え入れてくれた。
僕は無意識にここに帰ることを避けていた。
母親から連絡がきても、曖昧な返事をするばかりで足が向かない。

どこにでもある一軒家だ。靴を脱いで上がると床がミシミシ鳴るのは昔と変わらない。
家具の配置も家の匂いも独特な空気感すらも四年前と変わってはいなかったが、一つだけ異なる点がある。

――母親が年相応の"母親らしくなっている"と思った。

目元の皺。弛んだ身体。
身につけているものも年相応といえ?。
当たり前のことだが、僕にとってはその言葉が一番しっくりきたのだから仕方がない。

最後に僕が見たこの人はもっと女性らしかった。なんというか、母親というよりも女だったからだ。

「…びっくりするわよね」
「え?」

静かな僕の視線に困り顔をする母親は、すっかり膨れてしまった頬に手を当てながら茶を出してきた。

「母さん、変わったでしょう?」

まるで別人のように落ち着いた物腰。
どう接していいのか正直分からなくなって、僕は手持無沙汰に茶をすすった。

「海斗に悪いことしたと思って」
「…別に、悪いことされた憶えは」
「あるでしょう? 母さんのせいで、海斗は悲しい思いをした。自分本位な行動は、あなたを苦しめた」
「母さん、あのことなら僕は気にしてないから」
「本当にごめんなさい。海斗の大事な気持ちにふたをさせてしまって。それから、"あの子"とのことだって──」

母親は泣きそうな顔で僕に訴えかけてくる。

やめてくれ。
本当は悟っていた。
彼女が僕になにを言いたいのか。
それが、僕が聞きたくないと思うことだということも。

「田畑(たばた)さんとは、海斗がこの家を出て行った翌週に、別れたの」