はじめてこんなにも身体が熱くなった。
はじめてこんなにも誰かがほしいと思った。

雪のように真っ白な肌、華奢な肩、折れそうな首筋。

きめ細かい素肌に──指を滑らせる感覚。
僕の下で漏らす彼女の湿った女の声を、今でも鮮明に思い出せる。



「海斗(かいと)、カレー辛口にしちゃったけど平気だった?」

1K六畳の部屋で、甲高い女の声が聞こえる。

「ああ、うん。大丈夫。ありがとう、すごくおいしそう」
「なんたって愛がこもってますからっ!」
「ふふ、愛美(まなみ)だけにね」
「そういうことでーす。はいはい、あったかいうちに食べよっ!」

根暗な僕とは対照的な天真爛漫な笑みを向けられる。

愛美と付き合って一年になる。
大学の講義が終わり、バイトも用事もない時には一緒に俺の家に帰り、時には日も沈み切っていない明るい時間から体を重ね、終わってから慌てて夕飯を作る。
どこにでもいるようなカップルの、どこにでもあるような日常。

「今日はね、なんとカレーにヨーグルトを入れてみました!」
「いただきます」と口にした数秒後に隣から得意げな声が降ってくる。
「どおりで、辛口なのにちょっと甘いと思った」
「テレビでやってたんだ! カレーにヨーグルトを入れると甘いコクが出るって」

へへん、と口角をあげて、スプーン片手に正座をする。
カレーのルーと白米を掬ったスプーンが厚みのある唇に吸い込まれる。
ショートパンツから覗く太腿と、タンクトップでは隠し切れないふっくらとした腕に目がいった。

「ん、おいし」

ひとくち食べて、はっとする。

このカレーライスの味を僕はもっと以前から知っている。
今食べている辛口ではなく、もっとまろやかな甘口。
大きすぎる不格好な野菜は、もう少し煮立てた方がおいしいのではないかと思って。

まるきり台所慣れしていない初心者の味。
だけどそれでも昔ながらの懐かしい味わいも感じさせられる、そんな不思議なカレーライスを僕は一度だけ食べたことがあった。

1K六畳のこの狭い部屋ではなく、どこでくつろぐべきなのか分からないくらいに広く寂しい、空間で。