見送りの当日。
 今夜の空港の展望デッキは、意外にも見学客が少ない。

 キャリーバッグを足元に寄せた彼女の隣で、俺は飛び交う飛行機の光を目で追う。

 いつもは楽しいと思いながら眺めていた光景も、この先のことを思うと上の空で見つめているような状態だ。

「行っちゃうんだな」
「……うん」

 見送りをしたいと告げると、彼女は快く出発日を教えてくれた。
 彼女が旅立つのが新幹線ではなく、俺たちが出会った飛行機なことが、皮肉のように感じられる。

 ほかに交友関係もあるだろうに、俺を選んでくれた理由は、別れを惜しんでくれたからだろうか。
 ……そう思うと、嬉しい気持ちと虚しい気持ちが同居して複雑な気持ちに陥る。

「短い間だったけど……何年も付き合っていたみたいに思えるくらいに、楽しかったよ」

 飛び立つ飛行機の明かりを目で追って、彼女が寂しそうに零す。

 それは、以前彼女が見せていた悲しそうな表情と同じものだった。
 きっと、その頃から転勤が決まっていたのだろう。

「俺も……楽しかった」

 良いんだろうか。
 このまま、過去形にしてしまっても。

 彼女が俺に向き直って、真剣な眼差しを向けてくれる。

「……これからは頻繁に会えなくなるけど、戻って来たらまた一緒に遊んでくれる?」

 俺も彼女を真正面に捉えた。

 その言葉から、彼女が俺を少なからず思ってくれていることが分かる。
 少なからず?
 いや、うぬぼれたって良いんじゃないか?
 そこまで言ってくれると言うことは、彼女も俺と同じ思いでいてくれているかもしれないんだから。

 彼女ともっと、一緒にいたい。

 たくさん話をして、綺麗な景色をふたりで眺めて、笑い合いたいんだ。

 いま言わなければ、もう二度と伝える機会をなくすだろう。
 彼女がこっちに帰ってきても、このままの関係では繋ぎ止められるとは限らない。
 向こうで恋人を見つける可能性だってあるんだ。

 飛行機の明かりが、幾つもの筋となって空を行き来している。
 まるで、願いを叶える流れ星のように。

「俺もそっちに、遊びに行くよ」
「え、来てくれるの? 本当に?」

 星に願いを託す思いで、俺は言葉を紡ぐ。

「遠く離れていても、あの空に連なる星のひとつになって、君に会いに行く。君と初めて出会った夜に機内で見た、飛行機の明かりのように……」
「ふふっ。すごく、きざな台詞だね」

 照れくささで俯きそうになるけれども、どうにか真っ直ぐに彼女を見つめる。
 俺が言葉に込めた思いが、通じたんだろう。
 彼女もどこか照れくさそうにしていた。

 俺は改めて、しっかりとした言葉で告げる。

「……好きです。付き合ってください」
「当分は遠距離恋愛になるけど……私も付き合ってほしいです」

 彼女は先程よりも顔を赤くして、頷いてくれた。

「私も。空に輝く星のひとつになって、あなたに会いに戻るね」

 都会の空に連なって瞬く星々が、俺たちの思いが通じ合ったことを祝福してくれているようだった。

「大好きです!」