日没後。
俺が乗る飛行機は、闇夜を突き抜けて羽田空港へ近付きつつあった。
機体が少し斜めに傾いて、旋回している様子が体感できる。
窓際座席の俺は、ガラスにかじりついて外の景色に夢中だ。
子どもみたいでみっともない、と思われるだろう。
けれども。
着陸を控えて高度を保つ他の飛行機たちの輝き見るのが……。
俺は、好きだから。
だって飛行機が連れ立って飛び交う様子は、まるで空に連なる星のようで。
星明りを失った都会の中で唯一見える、眩い星と言っても過言じゃないだろう。
まあ今自分がいるのは、その都会の星と同じ高度なんだけど。
それはさておき。
今回の出張帰りも窓際をキープ出来て良かった。
外を眺めているだけで、今日の疲れが吹っ飛ぶ気がする。
「お母さーん、外の明かりきれいだよ!」
前の座席の子どもも、景色にかじりついている。
その気持ち、分かるな。
キラキラしていて綺麗だからね。
うんうんと頷いていると、隣の座席から楽しそうな声が聞こえてきた。
「くすっ」
その声に、俺は思わず振り向いてしまう。
そこにいたのは俺と同年代くらいの女性で、俺と彼女の目が合ってしまった。
「あっ、ごめんなさい。微笑ましいなって思って……。あっ、け、決して! あなたのことを笑っていたわけじゃなくて……」
タイミング的にはどう考えても、前の席の子どもが微笑ましいと思ったのだろう。
けれども俺が振り返ってしまったせいで、俺と彼女の目が交差したから。
俺が変に誤解してないか、心配になったんだろう。
知らない相手なんだし、無視してもいいのになと思った。
けれども恥ずかしそうに慌ててフォローする彼女の様子が素直で、それこそ微笑ましくて、俺は思わず頷いてしまった。
「そうですよね。微笑ましいです」
彼女は安心した様子を見せると、興味深そうに窓に視線を向ける。
「……外の景色、そんなに綺麗なんですか?」
「はい!」
せっかくだから、彼女にも外の景色を少しでも見てもらおう。
彼女の席からも遠くの景色が見えるようにと、俺は座席の背もたれに背をつけた。
「どうぞ」
座席を移動するわけには行かないから、彼女は俺の隣から身を乗り出すように、窓の向こうへと視線を向ける。
いまだ斜めに傾いている機体のおかげで、街明かりが煌めく様子が窓から少し離れた彼女の席からも良く見えたようだ。
「わあ。街明かりでいっぱいですね」
瞳を輝かせて景色を見る彼女を眺めていると、不思議と嬉しくなってきて。
自分が景色を堪能するつもりで取った座席だというのに、彼女にもっと見て欲しいと思った。
「それだけじゃないですよ。ほら、向こうの方を見てください」
地上ではなく、窓の向こう真っ直ぐを指す。
「いくつもの飛行機の光が並んで、綺麗だと思いませんか」
「すごいですね! 同時にこんなに飛んでるんですね。まるで星みたい」
「ほんとだ!! すごーい! 飛行機の明かりがいっぱい!」
俺は隣の彼女に言ったつもりだったんだけど、前の席の子どもが俺の言葉を聞いていたらしい。
前の席から歓声が聞こえてきたので、俺と彼女は顔を見合わせる。
「ふふっ」
「あはは」
ついさっき、前の座席の子どもが微笑ましいと話したばかりだからと言うのもあって、思わずふたりで笑ってしまった。
楽しそうな彼女の笑顔がとても可愛くて……。
当初の目的だった景色から視線を外してしまうほどに、彼女に惹かれた。
もっと話をしたいと思っていたけれども、あいにくと着陸後は彼女とはバラバラになってしまう。
もう彼女とは二度と合うこともないだろう……そう思っていたけれども。
手荷物受取所でバッタリと出会う。
「さっきは有難うございます。飛行機の中っていつも退屈だったんですけどけど、今回は楽しかったです」
「それはよかったです」
今後会うことはないかもしれないというのに丁寧に挨拶してくれる様子から、彼女の人柄の良さが感じられる。
「いつも窓際の座席を取られているんですか?」
「そうですよ。出張後のあの景色は、疲れが吹き飛ぶんです」
荷物を運んで回り続けるターンテーブルを眺めて荷物を待ちながら、俺たちは再び話始めた。
先に彼女の荷物が到着し、取りに行く後姿を眺めると……。
まだまだ話したりない、もっと彼女と話をして、彼女の笑顔を見てみたいと思う気持ちが膨れ上がってきた。
「あなたの荷物はまだ来てないんですね」
荷物を受け取ると、彼女は律儀に俺の元に駆け戻ってきてくれる。
すると不思議と、心が落ち着くような……乱されるような……不思議な感覚がした。
「そ、そうですね」
俺の荷物が来るまで、待ってくれるんだろうか。
その期待心を、彼女に悟られたのかもしれない。
彼女は立ち去らずに、俺の隣に並んでレーンを眺め始めて会話を続けてくれた。
「このあとも、展望デッキで飛行機を見に行ったりするんですか?」
「はい。空港ビルのレストランで滑走路を見ながら一杯飲もうかなと」
「わぁ、素敵ですね」
おそらく、荷物が来てしまえば彼女とは別れることになるだろう。
この偶然の出会いは、二度と起こることはないかもしれない。
だからこそ、さっきよりも強く荷物が来なければ良いのにと思いながら彼女との会話を続ける。
「と言っても、残念ながらぼっちなので。ロマンも何もないんですが」
苦笑しながら答えると、彼女は目をキラキラさせて俺に問いかけて来た。
「ふふ。そんなに飛行機がお好きなんですか?」
そう問いかける彼女の方は、飛行機が好きなんだろうか……。
いや。これまでの会話からすると、そうじゃない気がする。
「実は本当に好きなのは夜景やライトアップなんです」
「良いですね。好きですよ、私も」
そう言って言葉を止めて微笑んだ彼女に、俺は思わず息を飲む。
彼女は、景色に対して好きだと言ったのだろう。
けれども、その言葉に……俺の心が強く揺さぶられる。
「なので……私も、ご一緒しても良いですか? 綺麗な景色、見てみたいです」
これが、俺と彼女が出会った夜の出来事だ。
俺が乗る飛行機は、闇夜を突き抜けて羽田空港へ近付きつつあった。
機体が少し斜めに傾いて、旋回している様子が体感できる。
窓際座席の俺は、ガラスにかじりついて外の景色に夢中だ。
子どもみたいでみっともない、と思われるだろう。
けれども。
着陸を控えて高度を保つ他の飛行機たちの輝き見るのが……。
俺は、好きだから。
だって飛行機が連れ立って飛び交う様子は、まるで空に連なる星のようで。
星明りを失った都会の中で唯一見える、眩い星と言っても過言じゃないだろう。
まあ今自分がいるのは、その都会の星と同じ高度なんだけど。
それはさておき。
今回の出張帰りも窓際をキープ出来て良かった。
外を眺めているだけで、今日の疲れが吹っ飛ぶ気がする。
「お母さーん、外の明かりきれいだよ!」
前の座席の子どもも、景色にかじりついている。
その気持ち、分かるな。
キラキラしていて綺麗だからね。
うんうんと頷いていると、隣の座席から楽しそうな声が聞こえてきた。
「くすっ」
その声に、俺は思わず振り向いてしまう。
そこにいたのは俺と同年代くらいの女性で、俺と彼女の目が合ってしまった。
「あっ、ごめんなさい。微笑ましいなって思って……。あっ、け、決して! あなたのことを笑っていたわけじゃなくて……」
タイミング的にはどう考えても、前の席の子どもが微笑ましいと思ったのだろう。
けれども俺が振り返ってしまったせいで、俺と彼女の目が交差したから。
俺が変に誤解してないか、心配になったんだろう。
知らない相手なんだし、無視してもいいのになと思った。
けれども恥ずかしそうに慌ててフォローする彼女の様子が素直で、それこそ微笑ましくて、俺は思わず頷いてしまった。
「そうですよね。微笑ましいです」
彼女は安心した様子を見せると、興味深そうに窓に視線を向ける。
「……外の景色、そんなに綺麗なんですか?」
「はい!」
せっかくだから、彼女にも外の景色を少しでも見てもらおう。
彼女の席からも遠くの景色が見えるようにと、俺は座席の背もたれに背をつけた。
「どうぞ」
座席を移動するわけには行かないから、彼女は俺の隣から身を乗り出すように、窓の向こうへと視線を向ける。
いまだ斜めに傾いている機体のおかげで、街明かりが煌めく様子が窓から少し離れた彼女の席からも良く見えたようだ。
「わあ。街明かりでいっぱいですね」
瞳を輝かせて景色を見る彼女を眺めていると、不思議と嬉しくなってきて。
自分が景色を堪能するつもりで取った座席だというのに、彼女にもっと見て欲しいと思った。
「それだけじゃないですよ。ほら、向こうの方を見てください」
地上ではなく、窓の向こう真っ直ぐを指す。
「いくつもの飛行機の光が並んで、綺麗だと思いませんか」
「すごいですね! 同時にこんなに飛んでるんですね。まるで星みたい」
「ほんとだ!! すごーい! 飛行機の明かりがいっぱい!」
俺は隣の彼女に言ったつもりだったんだけど、前の席の子どもが俺の言葉を聞いていたらしい。
前の席から歓声が聞こえてきたので、俺と彼女は顔を見合わせる。
「ふふっ」
「あはは」
ついさっき、前の座席の子どもが微笑ましいと話したばかりだからと言うのもあって、思わずふたりで笑ってしまった。
楽しそうな彼女の笑顔がとても可愛くて……。
当初の目的だった景色から視線を外してしまうほどに、彼女に惹かれた。
もっと話をしたいと思っていたけれども、あいにくと着陸後は彼女とはバラバラになってしまう。
もう彼女とは二度と合うこともないだろう……そう思っていたけれども。
手荷物受取所でバッタリと出会う。
「さっきは有難うございます。飛行機の中っていつも退屈だったんですけどけど、今回は楽しかったです」
「それはよかったです」
今後会うことはないかもしれないというのに丁寧に挨拶してくれる様子から、彼女の人柄の良さが感じられる。
「いつも窓際の座席を取られているんですか?」
「そうですよ。出張後のあの景色は、疲れが吹き飛ぶんです」
荷物を運んで回り続けるターンテーブルを眺めて荷物を待ちながら、俺たちは再び話始めた。
先に彼女の荷物が到着し、取りに行く後姿を眺めると……。
まだまだ話したりない、もっと彼女と話をして、彼女の笑顔を見てみたいと思う気持ちが膨れ上がってきた。
「あなたの荷物はまだ来てないんですね」
荷物を受け取ると、彼女は律儀に俺の元に駆け戻ってきてくれる。
すると不思議と、心が落ち着くような……乱されるような……不思議な感覚がした。
「そ、そうですね」
俺の荷物が来るまで、待ってくれるんだろうか。
その期待心を、彼女に悟られたのかもしれない。
彼女は立ち去らずに、俺の隣に並んでレーンを眺め始めて会話を続けてくれた。
「このあとも、展望デッキで飛行機を見に行ったりするんですか?」
「はい。空港ビルのレストランで滑走路を見ながら一杯飲もうかなと」
「わぁ、素敵ですね」
おそらく、荷物が来てしまえば彼女とは別れることになるだろう。
この偶然の出会いは、二度と起こることはないかもしれない。
だからこそ、さっきよりも強く荷物が来なければ良いのにと思いながら彼女との会話を続ける。
「と言っても、残念ながらぼっちなので。ロマンも何もないんですが」
苦笑しながら答えると、彼女は目をキラキラさせて俺に問いかけて来た。
「ふふ。そんなに飛行機がお好きなんですか?」
そう問いかける彼女の方は、飛行機が好きなんだろうか……。
いや。これまでの会話からすると、そうじゃない気がする。
「実は本当に好きなのは夜景やライトアップなんです」
「良いですね。好きですよ、私も」
そう言って言葉を止めて微笑んだ彼女に、俺は思わず息を飲む。
彼女は、景色に対して好きだと言ったのだろう。
けれども、その言葉に……俺の心が強く揺さぶられる。
「なので……私も、ご一緒しても良いですか? 綺麗な景色、見てみたいです」
これが、俺と彼女が出会った夜の出来事だ。