飛び込んだ勢いのまま彼女を両腕でかかえ込み、自分の背が地面になるようにして倒れ込む。ずざざ、と地面を擦る音とともに背中に激しい痛みを感じたが、そんなものはすぐに吹っ飛んだ。激しい激突音を響かせながら、つい先程まで彼女が立っていた場所に自動車が突っ込んだのである。
 周囲の大人達がざわつき、こちらに駆け寄ってきている。昼下がり故にあまり人は多くないが、近くの家の人達も何事かと飛び出てきてくれた。
「大丈夫か!?」と壮琉達を心配する声が聞こえ、ひとりが慌ててスマートフォンを取り出し、救急車を呼んでいる。手を上げて交通を止める人、事故の状況を確認する人、少ないながらも周囲の人々は何かしらの行動を起こしていた。
 これなら、車の方は彼らに任せて大丈夫だろう。壮琉は(あん)()のあまりぐったりと力が抜けてしまい、大きな溜め息とともに後頭部をコンクリートに下ろした。
 真上からは真夏の太陽が照り付けていて、背と後頭部には太陽の熱を吸収したコンクリートが容赦なく熱を伝えてくる。おまけにスライディングした背中がじんじんと痛んできた。
 事故直後であるし、一刻も早く動いた方がいいのは間違いないのであるが、今の壮琉にとってそんなことはどうでもいい。ただただ安堵感から少女をそっと抱きしめた。

「よかったぁ……」

 本心が漏れる。一瞬でも(ちゅう)(ちょ)していたら間に合わなかった。自分の英断を褒めてやりたい。
 そこで、腕の中の彼女がもぞっと少しだけ動いて、はっとする。そうだ。見ず知らずの少女を抱きしめたままだったのだ。

「あっ……ご、ごめん!」

 慌てて起き上がり腕の力を緩めるも、彼女はこちらの服をぎゅっと掴んだまま、壮琉の胸に顔を埋めていた。肩を震わせて、ひっくと()(えつ)を漏らす。

「おい、大丈夫か……?」

 やはり、いきなりのことで怖かったのだろうか。心配になって彼女の細い肩に触れようとすると、彼女はそっと顔を上げた。
 その時──夏風が舞った。
 流れるような少女の長い髪が風に揺られて、柔らかな光を放つ。そして、改めて彼女と視線が交差する。
 彼女の瞳は秘密を隠す深い湖のように輝いていて、星屑がちりばめられた夜空みたいにきらめいていた。細やかな鼻は彼女の顔の中心に控えめに位置しており、その控えめさが彼女の愛らしさを一層引き立てている。
 すぐ近くには事故車があって、車のエンジンからは白煙が上がり、周囲の大人達は運転席から老人を救い出そうとドアをこじ開けている。それなのに、壮琉はその全てを忘れ、少女に目を奪われてしまっていた。
 それは、ただ彼女が可愛(かわい)らしいから、という理由だけではなかった。そこには壮琉が予想もしていなかった表情があったのだ。
 少女は恐怖や驚嘆といった類の表情を浮かべていたのではなく──何故か、感動にうち震えて涙ぐんでいたのである。
 彼女は嬉しそうな笑みを浮かべると、涙声でこう呟いた。

「本当に、会えた……」


(続きは書籍にて...)
──────────────
【作者より】

 試し読みはここまでとなっております。
 本作『最後の夏は、きみが消えた世界』は2024年6月28日(金)スターツ出版文庫より全国の書店にて発売!
 TVアニメ『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』や『僕らの雨いろプロトコル』の装画・キャラ原案を務めるぶーた先生の可愛すぎる書影が目印です!
 ぜひとも、書店にてご購入くださいませ。