彼女はあの通り明るい性格なので、昔から周囲に人が集まっていた。そんな彼女にとって夏休みはまさしく水を得た魚も同然で、昔はよく色々付き合わされたものである。
 中学生になってから付き合う友達も変わったので、彼女も普段よく過ごす友達と夏を楽しんでいたようだ。無論、毎年しつこく誘われているし、それを懲りずに断り続けているので、彼女もその友達と遊ぶしかないようだったが。
 どうして柚莉がいつも誘ってくるのかについては、壮琉もあまりわかっていない。彼女とは趣味趣向が異なるし、壮琉自身、明るく活発な柚莉が自分と過ごして楽しいとも思えなかった。だが、懲りずに毎年彼女は誘ってくる。
 そうして今年もその季節がやってきた。柚莉からしつこく誘われる季節だ。あまり無下に断ってしまうと、朝から部屋に突撃してくる──幼馴染の弊害である──ので、慎重に断り文句を選ばないといけない。それに、断り続けていると、彼女の機嫌が著しく悪くなってしまうため、結局ご機嫌取りのために何かひとつくらいは付き合わなければならなくなってしまうのだ。
 柚莉もそれがわかっているから、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで誘いまくってくる。そうした誘いのひとつが、『彗星を見に行こう!』だった。
 いつもは夏の終わり頃に嫌々何かに付き合うのだが、今回壮琉はすぐに承諾した。というのも、天泣彗星には壮琉自身興味があったからだ。
 天泣彗星とは、五年に一度の周期で地球に接近する彗星だ。彗星の輝きがまるで天空から落ちる涙のように美しいことから〝天泣〟と命名されたらしい。
 五年前、壮琉は自室からこの彗星を眺めていた。夜空全体を青白く照らす輝きは美しく、夢のような幻想風景に目を()らすことができなかった。部屋の電気を消して窓の近くに座り込み、その美しさに心を奪われていたのを今もよく覚えている。
 同時に、もっと空に近い場所で見たかった、という後悔もあった。もしこの光景をもっと高い場所、たとえば山の頂きや空に近い場所で見ていたら、どれだけ美しかっただろうか。それに、この瞬間を誰かと共有できたら、その感動はもっと増すかもしれない──そういった後悔と思惑が壮琉にもあったので、柚莉から誘われた時はすぐに承諾したのである。
 初っ端の誘いでOKが出るとは彼女も予想していなかったらしく、ぽかんと間抜けな顔をしていたのが印象的だった。もっとも、すぐにいつもの(はつ)(らつ)とした笑顔になって、それからどこで見ようか、という話になり今日に至る。彼女が調べてくれたいくつかの候補地の中で、一番(ひと)()のないと思われる場所、それが今向かっている時坂神社だ。
 時坂神社はこの町に古くからある神社で、神社の裏の方は高台になっている。星を見るのにはちょうどいいのだ。
 どうしてそんなスポットに人が少ないのかというと、夜間は神社内への立ち入りが禁止されていて、一般人が入れないからだ。そんな場所に、柚莉はこっそり侵入して見ようというのである。じゃじゃ馬な彼女らしい発想だった。
 いつもなら壮琉も反対するのだが、今回はその案に乗っかった。単純に、人が少ない良スポットで彗星を見れるならいいかと思ったからだ。今日はその下見である。

「あれ、そういえば時坂神社と天泣彗星って何か関わりあるんじゃなかったっけ?」

 視界の先に神社がある高台が見えてきて、ふとそう独り言ちる。
 時坂神社は色々伝承や言い伝えが多い神社だ。何でも、大昔は将軍までもがご利益を求めて参拝に来るなど、色々由緒ある場所だったらしい。もっとも、神社のご利益などといった非科学的なものが活躍する機会があるとは思えない現代社会においては、神社の意味合いなど宗教的な象徴以外に殆どない。さして気にする必要もないだろう。
 そう思って、時坂神社の方に向かっていた時である。神社裏手にある石碑の前の交差点で信号が変わるのを待っていると、目の端にひとりの少女の姿が入った。黒絹のような長い髪が柔らかな風に(なび)き、壮琉はその姿に一瞬で心と視線を奪われる。