「──()? ねえ、──琉!」

 誰かに呼ばれていた。それは聞き慣れた声だった。
 だが、その声の主の顔が思い浮かぶよりも前に、不思議な感覚に襲われていた。
 それは、どこか遠くに旅立っていた意識が徐々に戻ってくる感覚というべきだろうか。いや、(ある)いは、自分とよく似た何かが自分の中に入ってきて、同化していくという感覚に近いのかもしれない。
 貧血を起こした時のように頭と視界がぐるぐる回っていて、焦点が合わない。同時に割れるような頭痛が襲ってきて、思わず(うめ)き声を上げた。
 少しずつ、少しずつ聴覚と触覚も(よみがえ)ってくる。
 ミンミン(ぜみ)の鳴き声が頭の中で()(だま)し、(よう)(しゃ)なく太陽光が肌を照り付けていた。熱風が顔を(かす)め、その()()りが心地よいものでないことを痛感させる。
 少女は変わらず、必死にこちらに向かって何かを呼び掛けている。どうやら自分を心配してくれているらしいというのはわかるのだが、意識がはっきりしないせいで、彼女が誰なのかを認識できない。

「──ねえ、(たけ)()ってば!」

 顔を両手で挟まれる感覚とともに、名を呼ばれる。
 わかった、わかったから心配するなって。俺は大丈夫だから──彼女に心配掛けまいとする言葉を頭の中で思い浮かべているうちに、自我も少しずつ蘇ってきた。回っていた視界や頭が少しずつ自分のコントロール下に戻ってくる。
 それと同時に、左の手のひらと尻がやたらと熱いことに気付いた。真夏のコンクリートに手と尻を付いていたのだ。

「はあ!? 熱っ──あぐぁ」

 熱を自覚して慌てて立ち上がろうとするも、再び頭に激しい痛みが走り、身体がぐらりと揺れた。もう一度尻餅をつきそうになったところを、少女の手にしっかりとかかえられる。

「ちょっと、壮琉! ほんとに大丈夫? 救急車呼んだ方がいい?」

 少女の声がはっきりと聞こえ、(うつ)ろになっていた頭とぼやけていた視界が晴れた。茶髪ショートボブでくりくりとした大きな瞳が印象的な少女が、こちらを心配そうに(のぞ)き込んでいる。

「あ、れ? (ゆず)()……?」

 倒れそうになっていたところを支えてくれたのは、幼馴染の(あま)()柚莉だった。小柄な身体にも関わらず、壮琉をしっかりとかかえてくれている。
 ぴったりと彼女の身体とくっついてしまっていて、制服越しに彼女の火照った肌の感触と熱が伝わってきた。