私の体質、アルコールが弱い方では無いらしく、酔っぱらって記憶を無くした事も無ければ、ワインを一人で開けても最初から最後までテンションは変わらない。
むしろやっちゃんの方がアルコールに弱く、何度彼の酔っぱらいの介抱をしたのか数知れず。
同じ量を飲んで二日酔いに苦しむやっちゃんに、いつも通りに起きて朝ごはんをモリモリ食べる私。

男性が少しだけ呂律が回んなくなってきた所で、お店の閉店時間が近づいてきたので伝票を渡す。

「店閉めるのはやっ!!」
「ママ、もう夜遅くまで起きてられないからだって。」
「ママぁ……。」

会った事も無いママに対して寂しそうな表情をする男性が、トイレに行った時に足元がフラフラしているのを確認する。

危ないよなぁ……。
これで、芙美の帰りに何かあったらお店の責任になるのかなぁ……?
どっちみちお店はもう終わりだし、ここから男性の民宿は歩いて五分もかからない場所だ。

「送ってくから帰ろ!」
「……普通逆じゃね?」

二人でお店を出て、シャッターを下ろして民宿に向かう。
並んで歩くコンクリートの歩道。街灯もほとんど無く、今日は月が出ていない日だったのか、無数の星が一面広がっていた。

「お兄さんパノラマ!」
「田舎の数少ない長所だよな。」
「もっと田舎で産まれたくせに。」

ゆっくり歩いても直ぐについてしまった男性の民宿。
飲んでしまった私は、今日はタクシーで帰ろうと、タクシーに電話をかけると出払って四十分待ち。

「タクシーまだ来ないから私お店で待つね。お兄さんまたね。」

そう言って別れを告げた。



こんな展開になると思わなかったんだ。
だって私、やっちゃんのお嫁さんになるんだし。
お兄さんは明日戻るみたいだし。
何一つ、こんな展開になる理由が無いと思っていたんだ。

「もう少し……一緒にいようか。」

そう言ったお兄さんは真っ暗な車一台通らない夜の歩道に座り込む。

「……え?」
「……おいで。」

鼻にかかった優しい声。
暗くてよく見えないけど、顔はきっとアルコールで赤いでしょ?
ていうか、酔っぱらってるから?

でも何で?

どうして私も気付いたら隣でしゃがんでいるのかな?

「やっと隣に座ってくれた。」
「え?え?何なにぃ!急に恥ずかしい事言わないでよ。」
「本音だよ?」

焼酎のビンのボトルは半分以上に減っていた。
元々お兄さんがどれだけ飲んでいたのか聞いていない。

カウンター越しで話していた距離。
こんな甘い台詞を言われる、そんな内容は話していない。
そもそも、やっちゃん以外に好きになった人は一人も居なかった。
そして、男子に告白をした事もされた事も無い。
やっちゃんとは気付けば隣にいる関係だったから。
無性に恥ずかしくて下を向いていると、耳元で声が囁く様に聞こえた。

「……こっち向いて?」

知ってる。
私きっと、右側を向けばどうなるか知ってる。

きっと私、この人とキスをしてしまうだろう。

「向かないよ。駄目だよ。」

下を向きながら、まるで返事はコンクリートに向けて言ったみたい。

「どうして?」
「どうしても。」
「一回こっち見て。」
「見ない。」
「なんで?」
「なんでも。」

お互い語彙力が乏しい、まるで子供のようなやり取りにだんだんと二人で笑いが込み上げてくる。
流石にそこはお互いわきまえているのか、大きな声が出ないように声を押し殺すが、可笑しくて仕方ない。

そして、少し呼吸が落ち着いたと思ったら

「じゃあ俺もう戻るかな。」



不意打ちだった。
そっか、楽しかったねって返事をするつもりだった。
またいつか遊びに来てねって言うつもりだった。
そのつもりで右側を向いたんだ。

狙ってたでしょ?
だって、笑ってた時より顔が近かったんだもん。

「……。」
「……。」


私、やっちゃん以外の男の人と、アルコールの味がするキスしてる。

唇が重なった瞬間に、お兄さんの手が私の顔をホールドして逃げられないようにしてるのも一瞬で気付いた。

駄目なのに……。
やっちゃんがいるのに……。

なのにお兄さんの柔らかい唇の感触が更に強まった時は、何も考えられなかった。
一秒、二秒と、秒数が刻む事にお兄さんへの気持ちが一つ、二つと積み重なっていく。

離れたと思った唇は、一瞬だけ。
そしてまた自然と唇を重ねる何度でも。
止まらない、何もかも。
胸が高鳴る感情が、久しぶり過ぎてまるで初めての感覚。


~♪~♪
私を現実に戻させたのは、タクシー会社からあと五分で着きますの連絡だった。

電話を切ると、まるでキスをする前の自分。
芙美のお店を一時的に手伝っているやっちゃんと結婚する私。

いつもの私。

「雅美ちゃん、おやすみ。」
「お兄さんも……おやすみなさい。」

最後に見えた右側のエクボ。
結局、名前は最後まで知らなかった。
タクシーのライトが照らされる。これで終わりだよと視界を奪う暗闇と、煌めく星空と、沢山の誰かと何かに言われた気がした。

あれから本当にお兄さんの姿は一度も見かける事は無く、私とやっちゃんは半年後に入籍した。
でも私。
これだけはハッキリ分かってる。



私の中で、あの時だけ好きな人が出来た。
私の人生において、好きな人が二人目の瞬間だったんだ。

誰にも言えない秘密の好きな人。

夜空だけが知ってる内緒の話。




【完】