芙美のバイトのお蔭で、早朝から行われる畑作業はしない代わりに家族の朝ごはんを作る係りになった。
ご飯を作るのは子供の頃から強制的に覚えさせられ、気付けばお母さんやお婆ちゃんの味つけを完璧に作れるようになるのは当然と言えば当然だろう。
野菜と米は腐るほどあり、卵は近所から五キロ以上お裾分けされる。

農家の娘だから。

こんな言葉で片付けられるくらい、この町内では自然なこと。


芙美のバイトで減るかなと思っていたやっちゃんとの性行為は、お昼休みの時間帯に変わっただけ。
こんなに何年も一緒にいても、求められるのは幸せな事かもしれない。
私の身体はやっちゃんで始まり、やっちゃんで終わるんだろう。

「……んっ、やっちゃん。」
「……もう、いい?」

十代の頃から変わらない愛され方。
だけど コレ しか知らないから。
そして コレ しかされたことが無いから。
回数が増えても減っても、私は死ぬまで コレ だけで終わると思う。
それが良いのか悪いのか、考えた事も無いけど。


芙美のお店をバイトして一ヶ月。
今日も変わらず誰も来ない。相変わらず一人カラオケをしようと、カウンターの席でデンモクを触っていたら、ガチャッとお店の扉が開き「いらっしゃいませー。」と、来店したお客さんの顔を見ないでおしぼりを出そうとカウンターの裏に回る。

「いいですか?」

初めて見る二十代後半くらいに見える可愛い系統の男性のお客さん。
暗めの茶髪な髪色に、パーマなのか癖っ毛なのかわからない少しのウェーブ。
背丈はやっちゃんくらいで、170くらいかな?
カウンターに座る男性におしぼりを渡し、何処の家の人かな?と考える。

「あの、初めて見ますね。」
「え?まぁ、初めて来たからね。」

そりゃそうか!と、客層の平均年齢、還暦をとっくに超えてるので若いお客に少し緊張してしまう。
まぁどうせ、蓋を開けた所でなんとかさん家の息子か、なんとかさんの婿さんというのがオチだろう。

「何飲みますか?」
「ビールで。お姉さんは?」
「私もビールいただきます。」

冷えたグラスにビールを注ぎ、自分的完璧な黄金比率の泡にどや顔でお客に渡して乾杯する。

「くーーっ!!美味しいですね。所でお兄さん、どちらのお婿さんですか?」
「ん?どういう事?」

お互いハテナが飛びまとい、そしてお互い今にも消えるビールの泡が唇についていた。

「この町もこの店も初めて来たよ?」

笑いながら話す男性の右側の頬にエクボが見える。
二重の瞼がくっきりで、そして鼻にかかった少し低い声。

「めっずらし!!」

一応飲み屋さんで働いてる女性の肩書きなのに、思わず素で、色気も何も無い完全な私のままで叫んでしまった。

「まさかこんな田舎だと思わなかったよ。近くにコンビニ無いとかさ。」
「いやいやいや?ありますよ?ここからちょっとした所に。」
「山越えるでしょそれ。もう民宿で飲んじゃったから車も出せないしさ。」

確かにこの町は代行なんてあるわけもなく、タクシーは一台のみ。そしてそのタクシーが出払っていたら、余裕で一時間は待たされる。
どうやらこの近くの民宿で缶ビールを飲んでいたら、アルコールが足りずに近辺を探索していたら芙美の店を見つけたらしい。

「なんっにも無いねこの町。」
「地元民にそれ言うの自殺行為ですよ?地元愛強いのしか居ないので。」
「ハハッ確かに。」

あ、またエクボ。
あ、唇の直ぐ下にホクロ。

何だかやっちゃんや、地元の男以外を見るのが新鮮でつい観察してしまう。
そして何より、アルコールで頬が少しピンク色の可愛い系統の男性と話す事に何だかワクワクしてしまう。

「お兄さんおいくつなんですか?」
「いくつに見える?」
「あれ?それ、私が言う定番な台詞ですよね?」

お互い気付けばとっくにグラスは空で、二杯目のビールを私の分まで注文してくれる。

「俺三十四歳。」
「嘘!?」
「嘘つくメリット無いじゃん。あぁでもよく驚かれるかも。童顔て言われた。」

私より十歳も年上になんてまるで見えない。本物の童顔を初めて見た気がする。佐藤のおばちゃんが還暦過ぎてた時も驚いたけど、それ以上にビックリした。
世の中には色々な人がいるんだなぁと思いながら、男性とカウンター越しでお喋りをする。

「でも俺、ここには一泊だけだから。明日戻るんだ。」
「またいつでも遊びに来てくださいよ。」
「コンビニが近くに出来たらね。」

それは一体何年後の話になるのかな?と、二人で沢山笑い、そして沢山話をした。
元々私はママが体調が戻るまでのお手伝いだということ。
やっちゃんという婚約者がいること。
男性の出身は、地図上では村と呼ばれるここより田舎な事が、一番大きな声で笑った。
そして、独身なこと。彼女も居ないこと。

「イケメンでモテそうなのに、選んでるんじゃないの?」
「選ばれてる側だからじゃない?誰も拾ってくれないのよ。」

ビールは二杯で終わり、焼酎のボトルを入れてくれて、二人で笑いながらどんどん飲む。
二人の顔はピンク色からだんだんと赤く染まる薄紅色。