田舎で生まれて田舎で育ち、結婚する相手【やっちゃん】は同じ農家で幼なじみ。
世間の恋愛漫画で幼なじみと恋をするというストーリーは、相手との距離が遠くなる事が不安になる、切なくて甘酸っぱいそんな物語が多いのに。
生まれた時からずっと一緒で、今の今までそんな不安は一度も無く、周りからも結婚する事が当然と言われんばかりの空気で、気付けば二十四年。

保育園は五人、小学校中学校は十人、高校は二十人未満と、少ない人数で自然豊かの環境の中義務教育を受け、全員幼なじみ。
ほとんどが農家や町役場で、やっちゃんとは告白も無く気付けば恋人の関係。

「初恋の人」

聞こえは良いが他の人を好きになるきっかけも出会いも無く、子供の頃から手伝いをしていた畑作業は朝は早く、夜遊び出来る時間も無い。
だけど特に不満があるわけでない。本当にこれが当たり前で、これがずっと続くと思っていたんだ。

やっちゃんとの関係性に新鮮やときめきは消えてしまったけれど、彼と離れる事なんて想像つかない。
それは向こうも同じ事。

「子供出来たらやっぱり最初は男の子が良いなぁ。トラクター乗せて走らせようぜ。」
「えー女の子が良いなぁ。私可愛い服買って貰った事無いから着させてあげたい。」

将来子供が出来る保証も無いのに、ベッドで二人並んで未来予想図を話す事も当たり前。
やっちゃんが農家を継ぐのも、家を建てる話も、全部全部当たり前。

──それなのに。

「雅美。何か芙美(ふみ)のママが調子悪くてお手伝いして欲しいんだって。日払いで五千円だって。どうする?」
「五千円!?やる!!」

やっちゃんを含め、家族皆でお昼ごはんを食べている時にお母さんにバイトの話を持ち掛けられる。
芙美とはこの町に唯一ある飲み屋さん……というか場末のスナックに近い。
八十を過ぎたママという女性は、私が小さな頃からよく知ってる綺麗なお婆ちゃんだった。

「五千円は凄いな。」
「ママは片耳聞こえないから、店閉めろって何人にも言われてるのに、閉めないんだよなぁ。」
「あの店、ミラーボールあるのよ。昔踊ったわぁ。」

お父さんお母さん、お爺ちゃんお婆ちゃんがご飯を食べながら盛り上がり、肩書きだけは飲み屋さんという場所なのに、やっちゃんですら、

「あそこ、カラオケあるからいいよな。久しぶりに歌いてぇなぁ。」

家族どころか将来の旦那になる人までもが公認するという世間では異例の事態だろう。
それもその筈、芙美のお店は町民以外利用する客はおらず、私もやっちゃんや友達と、お酒を飲みながらカラオケをした事がある町民の憩いの場所。
たまに町長や町議会の人達が訪れては、町長と肩を組みながらカラオケする事もこの町内にしては普通の光景。

そもそもこの町の七割は高齢者。知らない若者がいても名字や親の名前を聞けば、どこの家の者か分かってしまう田舎特有の情報網。
そんな場所でバイトをしても害は無いと私ですら思う。
むしろ一日五千円貰えるなんて断る理由が無い。……だけど。

「何着ればいいの?」
「一応飲み屋だしなぁ。中学のジャージってわけにいかねーよな?」

畑作業着以外は、中学の時のジャージを部屋着にしているくらい、私服に無頓着な私を知ってるやっちゃんと二人、本気で悩んでしまう。

「あ!お母さんの若い頃着ていたワンピース何枚かあるよ!」
「母さんそれ肩パット入ってないか?」

お母さんとお父さんが提案してくれるが、肩パットって何!?
私とやっちゃんの食べ終わった食器を台所に持っていくと、腰が曲がったお婆ちゃんが私の隣に来て、

「芙美のママ、婆ちゃんの友達だから頼むね。」

と、目尻と頬がシワシワの笑顔でお願いされ、お婆ちゃん大好きな私は任せて!と、大きな声で返事をする。
片耳が聞こえない芙美のママからお手伝いの内容を聞き、年相応の物忘れのせいか時折話が通じないのはいつもの事。

19時から23時までのたったの四時間。お酒の数はビールと焼酎のみ。
カウンター五席に、BOX席が三組。

お客が来ない日はしょっちゅうあるらしく、要するに最近体調が悪いママは店番が欲しいらしい。

「暇ならカラオケでもしてな。」

お母さんのワンピースを着た初出勤は、結局誰も来ないままその日は終わってしまった。
そして誰も居ない一人カラオケが思いの外楽しく、点数を入れてみたり、演歌にもチャレンジしてみたりと、連日一人でカラオケ大会。

待望の初めて来たお客さんはやっちゃんと私のお父さんと、やっちゃんのお父さん。
そして家族皆で焼酎を飲みながらカラオケ。
たまに身内以外のお客さんが来た所で、近所の山田のおじさんに田中のお爺ちゃん。
五人くらいのお客さんが来たと思ったら、おばさんだらけの婦人会。

「雅美ちゃんが店いるなら毎日来るかな。」

どのおじさんもおばさん達も、口を揃えて言ってくれるが本気で来てくれた人は一人もおらず、お婆ちゃんがママを頼むねと言われた筈なのに、特別頑張る事も無いまま五千円を貰って終わる毎日が続いていた。