ーーーーシーン
 

 彼が黙り込もると、一転し沈黙が教室を襲いかかり、何もかもが残酷で鋭利なナイフの矛先が私の喉元を引っ掻いていた。

 たらっと真紅の血液が垂れ、強烈な痛みを誘うも、酸素が身体中にうまく循環することが出来ず、襲い来る呼吸困難とくらっとした眩暈。


 不意に目に付いた、右手の甲に有る忌々しいあの夜に咲いた瘡蓋を、左指先でそっとなぞってみる。

 嗚呼、無情にも少々の不愉快さと乱心をもたらすザラザラとした感触が、爆ぜる様な記憶の片鱗を呼び起こして行く。



 嗚呼、本当に神様が居るのなら、どうか教えて。
 

 怒涛に溢れ、流れていくこの感情は何?

 身体に合った筈の一部分が足りない違和感。

 それが、今にも壊れ消滅してしまう様な恐怖を覚えた心中は、熱病に侵されたかの様に混沌と化し整理が付かず、胸奥はざわつく。

 喉から何かが重たい鉛が込み上げ、それを啜り、呑み込もうとすれば頭が割れそうに痛くなる。


 削除しようともがかせるその想いが、本当にこの世から消えて仕舞えば、私自身の生きて来た足跡の意味さえ、見失ってしまう事だろう。

 嗚呼、この世界はあまりもカオスで、ごちゃごちゃしているから、既に何が何処に有るのかさえ、分からなってしまう。



 『っ、ごめんなさい…。本当に、ごめんなさい……。』


 突如私は、音を立て椅子から立ち上がり、勢い任せにガバッと頭を下げた。


 『……どうして、謝るんだよ。』


 彼は、遂に感情を露わにし、か細い声をふるふると震わせ、唇から微かに悲痛な息遣いを口から漏らす。

 
 
 ツンッと、私の鼻に鈍い痛みが走った。

 脳に、ぶわっと鳥肌が立ち上がり、盲目と化した視界に滲むのは、月光色の絵の具を細筆で水に溶かし、伸び行く光の精霊が幻想的に放つ静寂な光……。


 この四年間、永遠に引きずり続けているあの忌まわしい出来事のせいで、心安らかに眠りに着けた夜だなんて、一度も足りとも無かった。

 
 彼は既に捨ててしまったであろう、当然の如く終焉を迎えた愛。

 燃え尽き灰となった残骸の残滓に埋もれ、無意味に疲労し縋り付く私の無様な姿を、どうか、鼻で笑うが良い。

 

 『ずっとずっと、謝らなきゃって思ってた。あの時はごめんね…。紫苑くんのこと避けて、大嫌いなんて言って……!』