「いや、本当に。こんなことになるなんて思ってもみなかったんだって。だからそう怒るなよ」
「人の婚約者の心を鷲掴みしておいて、その言動では許しません」
「あれだろ。マリッジブルーってやつ? 大体俺は彼女とまともに会ったのはこれが初めてだし……。そういえば『お前はホントよく似てるな』って言われたんだが、俺に似た顔の男が他にもいるのか?」
「一体誰に言われたというのですか? 貴方のような男、そうそう居るわけないでしょう」
『光の巫女』はもともと王家の引く人間のため、ローゼンティッヒはクリスタル王家の血を引いている。
金髪は王家特有の色で、瞳の色が赤いのは、魔力が強い証拠だ。
しかしローゼンティッヒには、王の適性とされる炎属性が無かった。
光と水。過去の騎士団長同様、未来を予測し、癒しを与え人を生かす力を持つ。
それが、ローゼンティッヒ・フォンカートという男だ。
「――金髪赤眼の人間なんて、貴方以外聞いたことがありません」
◇◆◇
「おはようございます。ローズ様」
「ビーチェ、様……?」
「すいません。少し取り乱されていたようでしたので、薬を使わせていただきました」
「え……? 私は……」
目が冷めたローズは、ローゼンティッヒに縋ってしまった自分を思い出して困惑の表情を浮かべ頭を抑えた。
自分がなぜあんな醜態を晒したのか、理解出来ずに混乱する。
「彼は……一体何者なのですか?」
「彼は、ローゼンティッヒ・フォンカート。陛下の今は亡き妹君、『光の巫女』の唯一の子息です。彼のことが気になりますか?」
「い、いえ」
「……ローズ様は、彼と面識があったのですか?」
ベアトリーチェの問いに、ローズは目を瞬かせた。
まさか自分が不貞を疑われる日が来るなんて、ローズは思いもしなかった。
「いいえ。お会いしたのは、今日が初めてです。ですがそのお名前は、以前お兄様から聞いたことがあります。確かユーリの前の騎士団長で、駆け落ちするように国を去られたと」
ローズは、自分と彼の結婚を周囲が望んでいたという話を聞いたことは、ベアトリーチェには言えなかった。
「そうです。彼には愛する女性もいますし、最近子ども生まれたと言うことでした」
ローズは、ベアトリーチェに釘を刺されたような思いがした。
少しだけ胸が痛む。
でもそれは、ベアトリーチェに疑われたことが理由でないことに気が付いて、ローズは自分を許せなかった。
わからない。
どうして名前だけしか聞いたことのない相手の話を聞いて、こんなにも胸が痛むのか。
ただ、ローゼンティッヒを前にしたとき――ローズは自分が、自分ではなくなるような感覚を覚えたのだ。
ローゼンティッヒの金の髪と赤い瞳。
あの色を見たときに、ローズは胸が張り裂けそうで、泣き出したいくらい苦しくなった。
――自分はずっと、この人に会いたかった。
そのために、生きてきたのだと思うほどに。
胸を押さえて口を閉ざしたローズを見て、ベアトリーチェは静かに尋ねた。
「式は、もう少し伸ばした方がいいですか?」
「ビーチェ様。私は……!」
まだ完全には目が覚めていない。
立ち上がろうとしてふらついたローズの体を、ベアトリーチェはいつものように支えた。
「貴方がそんな方でないことは分かっています。ですが、ローズ様。前にもお伝えした筈です。私は、貴方の心が欲しいと」
ベアトリーチェはそう言うと、ローズが寝台に戻れるよう手を引いた。
「貴方の誠実さを疑っているわけではありません。ただ貴方には、納得して選んで欲しい。私は、そう願っているだけなのです」
ベアトリーチェは、優しくローズの頭を撫でた。
ローズは、その手が心地よくて目を瞑った。
アルフレッドやジュテファーがいるせいもあるだろう。
ベアトリーチェの手は、兄《ギルバート》と似ているようにローズには思えた。
十年間眠り続け、漸く目覚めた兄。
ローズにとってギルバートは、ずっと世界の中心だった。
『お前ならできるよ』
どんな絶望も、希望に変えてくれる。
兄の言葉は、下を向きそうになるローズに、何度も希望《ひかり》を与えてくれた。
だからこそその兄が、深い眠りに付き目覚めないと知ったとき、ローズの世界は暗い闇に閉ざされた。
兄が、兄の思う人と結ばれることは祝福したいとローズは思う。
でも何より、自分の命よりもっと、ローズは兄が大切だった。
理由なんてわからない。
ただ、兄には生きていてほしかった。それだけで十分だった。
――私は、あの方がお兄様に似ているように感じたから、不躾にも抱きついてしまったというの?
ローズはそう考えて、自分のために命がけで戦ってくれたベアトリーチェ――兄に似た優しさを持つその人を、目の前で裏切った自分の軽さを許せなかった。
ローゼンティッヒに会ってから、ローズは毎夜不思議な夢を見るようになった。
夢の中では、いつも誰かが泣いている声が聞こえた。
そして懐かしい――そう思う優しい声が、いつだってローズに問いかけた。
『君はどうして、女性なのに騎士になりたいと思ったんだ?』
「人の婚約者の心を鷲掴みしておいて、その言動では許しません」
「あれだろ。マリッジブルーってやつ? 大体俺は彼女とまともに会ったのはこれが初めてだし……。そういえば『お前はホントよく似てるな』って言われたんだが、俺に似た顔の男が他にもいるのか?」
「一体誰に言われたというのですか? 貴方のような男、そうそう居るわけないでしょう」
『光の巫女』はもともと王家の引く人間のため、ローゼンティッヒはクリスタル王家の血を引いている。
金髪は王家特有の色で、瞳の色が赤いのは、魔力が強い証拠だ。
しかしローゼンティッヒには、王の適性とされる炎属性が無かった。
光と水。過去の騎士団長同様、未来を予測し、癒しを与え人を生かす力を持つ。
それが、ローゼンティッヒ・フォンカートという男だ。
「――金髪赤眼の人間なんて、貴方以外聞いたことがありません」
◇◆◇
「おはようございます。ローズ様」
「ビーチェ、様……?」
「すいません。少し取り乱されていたようでしたので、薬を使わせていただきました」
「え……? 私は……」
目が冷めたローズは、ローゼンティッヒに縋ってしまった自分を思い出して困惑の表情を浮かべ頭を抑えた。
自分がなぜあんな醜態を晒したのか、理解出来ずに混乱する。
「彼は……一体何者なのですか?」
「彼は、ローゼンティッヒ・フォンカート。陛下の今は亡き妹君、『光の巫女』の唯一の子息です。彼のことが気になりますか?」
「い、いえ」
「……ローズ様は、彼と面識があったのですか?」
ベアトリーチェの問いに、ローズは目を瞬かせた。
まさか自分が不貞を疑われる日が来るなんて、ローズは思いもしなかった。
「いいえ。お会いしたのは、今日が初めてです。ですがそのお名前は、以前お兄様から聞いたことがあります。確かユーリの前の騎士団長で、駆け落ちするように国を去られたと」
ローズは、自分と彼の結婚を周囲が望んでいたという話を聞いたことは、ベアトリーチェには言えなかった。
「そうです。彼には愛する女性もいますし、最近子ども生まれたと言うことでした」
ローズは、ベアトリーチェに釘を刺されたような思いがした。
少しだけ胸が痛む。
でもそれは、ベアトリーチェに疑われたことが理由でないことに気が付いて、ローズは自分を許せなかった。
わからない。
どうして名前だけしか聞いたことのない相手の話を聞いて、こんなにも胸が痛むのか。
ただ、ローゼンティッヒを前にしたとき――ローズは自分が、自分ではなくなるような感覚を覚えたのだ。
ローゼンティッヒの金の髪と赤い瞳。
あの色を見たときに、ローズは胸が張り裂けそうで、泣き出したいくらい苦しくなった。
――自分はずっと、この人に会いたかった。
そのために、生きてきたのだと思うほどに。
胸を押さえて口を閉ざしたローズを見て、ベアトリーチェは静かに尋ねた。
「式は、もう少し伸ばした方がいいですか?」
「ビーチェ様。私は……!」
まだ完全には目が覚めていない。
立ち上がろうとしてふらついたローズの体を、ベアトリーチェはいつものように支えた。
「貴方がそんな方でないことは分かっています。ですが、ローズ様。前にもお伝えした筈です。私は、貴方の心が欲しいと」
ベアトリーチェはそう言うと、ローズが寝台に戻れるよう手を引いた。
「貴方の誠実さを疑っているわけではありません。ただ貴方には、納得して選んで欲しい。私は、そう願っているだけなのです」
ベアトリーチェは、優しくローズの頭を撫でた。
ローズは、その手が心地よくて目を瞑った。
アルフレッドやジュテファーがいるせいもあるだろう。
ベアトリーチェの手は、兄《ギルバート》と似ているようにローズには思えた。
十年間眠り続け、漸く目覚めた兄。
ローズにとってギルバートは、ずっと世界の中心だった。
『お前ならできるよ』
どんな絶望も、希望に変えてくれる。
兄の言葉は、下を向きそうになるローズに、何度も希望《ひかり》を与えてくれた。
だからこそその兄が、深い眠りに付き目覚めないと知ったとき、ローズの世界は暗い闇に閉ざされた。
兄が、兄の思う人と結ばれることは祝福したいとローズは思う。
でも何より、自分の命よりもっと、ローズは兄が大切だった。
理由なんてわからない。
ただ、兄には生きていてほしかった。それだけで十分だった。
――私は、あの方がお兄様に似ているように感じたから、不躾にも抱きついてしまったというの?
ローズはそう考えて、自分のために命がけで戦ってくれたベアトリーチェ――兄に似た優しさを持つその人を、目の前で裏切った自分の軽さを許せなかった。
ローゼンティッヒに会ってから、ローズは毎夜不思議な夢を見るようになった。
夢の中では、いつも誰かが泣いている声が聞こえた。
そして懐かしい――そう思う優しい声が、いつだってローズに問いかけた。
『君はどうして、女性なのに騎士になりたいと思ったんだ?』