夏の始まりになると思い出す。

ぬるい風とアスファルトの乾いた匂いとあなたの声を。

初めて会ったのは桜舞う春だった。
人の輪から少し離れた場所でひらひら舞い散る花びらの中で煙草をふかす、あなたに何故だか視線を奪われた。

でもあなたを知るたびに、感情が揺れて嫌だった。
無愛想でいつも感情の読めないあなたが嫌いだった。
何もかもがうまくいかなくて、息をするのが苦しい気がして、心の中の全部を投げ捨てたくなった。

夏風が、纏わりつくように私を包んで夜に溶けてしまいたくなる。

ふいに襲ってくる不安に怯えて、不安定な感情しか持ち合わせてないくせに素直になれない天邪鬼な自分が嫌になって、海辺で泣いてたあの夏の夜。

あなたは言った。

──別にいいんじゃない

否定も肯定もしない。同情ともとれる言葉だけど、何も聞かずにただ夜が明けるまで煙草をふかしていたあなたに私は叶わない恋をした。

乾燥した心にあなたの煙草の匂いが染み込んで離れない。

どこまでいっても、いくつになってもあの夏風が恋しくなる。

だからこんな夜は、ただあなたを想って夏風を感じていたい。

またいつか会えるように。

いつかが来たら、今度こそ想いを伝えられるように。

想いを知った、あなたはどんな顔するのかな。


──別にいいんじゃない?

そう言って、照れくさそうに煙草をふかすあなたが夏風と一緒に夜空に吸い込まれていった。


2025.7.2