私は、«視える»時と«聴こえる»時がある。
 寝てる時には、この現象はない。
 主に«視える»ことが多い。
 その光景は、嬉しいことから悲しいことまで沢山のものが«視える»。
 «視える»のは、いつも未来の光景。«聴こえる»のは、咄嗟の時だということに気付いた。
 いつから«視えた»り、«聴こえる»ようになったかは分からない。
 幼いころは、必死に«視えた»ことを周りに注意喚起をして回ったが、親はおろか周りの人達にも気味悪がられるだけだった。
 気になってインターネットでくまなく調べたが、それらしきものは何も見つからなかった。
 これ以上、変な目で見られたくない。そう思ってから、何か«視えて»も«聴こえて»も口に出さないようにした。
 それが、どんなに悲惨なものであっても……

 ※

 高校三年生の夏。
 塾の夏期講習の終わりにみんなで集まって雑談するのも日常となっている。
「ねー、未希、小テストどうだったぁ?」
「今日のは難しかったよね」
 私は、みんなに合わせて返事を返す。
 みんなは笑いながら話しているが、真剣に自分のやりたい将来に向けて勉強している。
 私は、別に就職でも専門学校でも進路は何でも良かった。ただ両親が大学には行かせたいと言うので、それに従っただけだ。

ーーあぁ、今日も暑いなぁ。

 塾の帰り道、ふと上を見る。
 ビルの間から漏れる日射しは、とても強い光を帯びていた。


「ねぇ、未希、未希ってば!」
「え、なに?」
「もー!またぼーっとしてる!」
「ごめんごめんっ!」
 こういう、ぼーっとする時に«視える»ことが多いから気をつけている。
 慌てて、先を歩くみんなと合流し、また笑いながら歩調を合わせる。

 家に帰ってからお昼を食べていた時、お母さんの気持ちが沈んでいるのにも気付いた。
「今日、未希が塾に行っている間に電話が来て、おばあちゃんが倒れたって連絡が来たの」
「そっかぁ......」
「あんなに元気だったのにね……」
 この後、お母さんがなんて言っていたか覚えていない。
 だって、この後に起きることも«視てる»から知っている。
 明後日、おばちゃんが亡くなる。

 今日は、よく寝れなかった。
 いつもそう。
 前もって伝えていても、変わることのない未来もある。伝えることによって少しは何かが変わるかもしれないが、自分が変な目で見られないことを選んだことへの罪悪感もある。



 今日は塾の帰りに、みんなはカラオケに行くと言っていた。大きな音が苦手な私は遠慮したけれど、一回もカラオケに行ったことがないので、羨ましい。

ーーみんな、今頃、楽しく遊んでるんだろうなぁ。
 そう思って、気が散漫になっていた時。

『危ない!』

 男の子の声が、突如、私の頭の中で響いた。
 びっくりした私は足を止めた。
 その途端、信号無視をした車が目の前を通り過ぎ、負傷者を出す事故が起きた。
 あのまま歩いていたら、私はあの車に轢かれていただろう。
ーーありがとう。
 心の中で、お礼を言う。
 これが、私がいう«聴こえる»というものだ。

 まず、私の«視る»ものは、少しみんなと違う。
 未来の光景は昼間に«視えて»、こういった突然の時は男の子の声が«聴こえる»。
 私が«視える»ことには条件がある。

・身近に起こること。
・そして、一週間以内に起こること。
・«視る»のは昼間であること。

 この三つ。
 いつ、何が«視える»かは分からない。
 突如として«視える»のだ。

 しかし、今日は危うく交通事故に巻き込まれそうになった。
 何も«視て»いなかったときは、男の子の声が«聴こえる»。
 先程の交通事故に巻き込まれた時のことを考えるだけで、背筋が凍る。
 早く落ち着きたくて、足早に家に帰る。

「未希!」
「どうしたの?」
 狼狽えて、顔から血の気が引いているお母さんが駆け寄ってきた。
 私の変化には気付いてはいない。
 何か良くないことがあったのは間違いない。けれど私は何も«視て»いない。大したことではないのだろう。
 そう、楽観的に捉えていた。
「ピコが急に吐き出して、今から動物病院に行くところなの」
「え……ピコが?」

 ピコは、我が家のムードメーカー的な存在の愛犬である。
 私が小学生にあがったばかりの冬、段ボールにみすぼらしい毛布一枚とピコが入れられ捨てられていたのを見つけた。
 みんなは、見て見ぬふりをしたり、ご飯をあげる程度だった。段々とピコが弱っていっているのは一目瞭然だ。
「このままじゃ死んじゃう、なんとかしなきゃ!」
 私は必死の思いで、家にある毛布を持ち出してピコを持ち帰った。困惑した両親は、家族会議を開きピコを手放す説得を試みてきた。
 動物を育てるのは簡単じゃない、悲しい別れはいつか訪れる。何度も何度も言い聞かされた。それでも、私の思いは変わらなかった。
「ここで、この子を見放したら、それは人間じゃない!」
 その言葉を聞いた両親は、何も言い返せなかった。
 幸い、私の家は一軒家だったし、お母さんは専業主婦。
 ピコを迎え入れることは出来る。両親は、私の熱意に折れピコを受け入れてくれた。
 そこから私とピコは喜怒哀楽を共にしてきた、かけがえのない親友だ。

 ピコの体調が急変? 今朝まで何もなかったのに?
 私、何も«視えて»いないよ?
「とりあえず、お母さんは車の用意するから、未希はキャリーバッグにペットシーツと毛布を敷いて用意しておいて」
「分かった!」
 慌ただしく支度をし、動物病院へと向かう。
 その間も、ずっとピコは苦しそうに息を荒らげ、嗚咽している。
 お願い、間に合って!!

 動物病院でピコの診察が終わったあと、私はピコの隣にずっといて、お母さんが獣医さんから話を聞いている。
 診察室の扉が開き、お母さんが『ありがとうございます』と会釈をして出てくる。
「お母さん、獣医さんはなんて言ってた? ピコは助かるの!?」
「未希、まずは家に帰りましょう。家でゆっくり話をするわ」
「分かった……」
 今すぐにでもピコの容態を知りたかった。心配で、不安で堪らなかった。
 それと同時に怒りも覚えた。
 なんで何も«視せて»くれなかったの!? なんで何も«聴かせて»くれなかったの!? あらかじめ分かっていたら、なんとか出来たかもしれないのに!
 
 聞かされたのは、ピコが『老衰』であること。
 病気ではなくて良かったと思う反面、老衰ならば時間の問題だ。
 深呼吸をして、ピコの所へ行く私。
「大丈夫? 病院に行く前より楽になったみたいだね」
 横たわっているピコを撫でてから、そのままリビングのソファーに横たわる。
 そして、彼に問いかけた。
――どうして、ピコのことを教えてくれなかったの? あなたなら、分かっていたことでしょう?
 その問いに、何も返ってこない。
ーーねぇ! 聞こえてるんでしょ!?
 必死な私の訴えにも関わらず、声は«聴こえ»なかった。
 それから、私は何も«視る»ことも«聴く»こともなくなった。
 このまま、この不思議な力もなくなってしまえばいい。
 何度も何度もそう思った。
 でも、そうしたら、彼の声が聞けなくなる。
 そう思うと、本当にこの不思議な力がなくなってほしいのか、分からなくなる。
 この気持ちはなんなのだろう。



 それから1ヶ月後、ピコはいなくなった。
 ピコのゲージも、首輪も、リードも、ピコが来る前と同じように、姿を消した。
 何も手につかず、ベッドの上で天井ばかりを見つめる時間が増えた。

 そんな時、彼の声が«聴こえた»。
ーー大丈夫か?
 今までは、咄嗟の時に、しかも一言だけしか聞こえなかった彼の声。その彼が私を心配してくれている。
ーーそんなふうに話しかけてくるの、初めてだね。いくら、あの時、私が必死に声をかけても応えてくれなかったくせに。
 怒りを彼にぶつけてしまった。
 彼は何も悪くないと分かっているのに……
 私と彼の間に沈黙が訪れた。なんとなくだけど、今、彼は私を見つめている。
 その静かな空気を壊したのは、私だった。
ーーねぇ、明日、付き合ってくれない?
ーー学校だろ?
ーーサボるに決まってるでしょ!
 彼の無言を、私は『OK』と捉えた。
 私は、どうかしてしまったのかもしれない。

 そうと決まれば、善は急げだ。
 まずは明日の計画。
 いつも通り制服で家を出る。途中の公園の御手洗で私服に着替え、少しでも年上に見えるようにメイクも派手にする。最後は駅に行って、目的地まで行くだけ。なんて安易な計画だろう。それでも、上手くいってほしい。
 
「いってきます……」
 後ろめたさがあり、小声になってしまう。
「い、いってらっしゃい。気をつけてね?」
「うん」
 ピコの死をきっかけに元気をなくした私に気を使っているお母さん。
 そのお母さんをよそ目に家を出る。
 ごめんね、学校をサボるなんてことしちゃって。
 家から離れるうちに、後ろめたさより楽しさが上回ってきた私は足早に公園へ向かう。

 計画通りに事は進んだ。
 目の前には、大勢の人と大きな入口。
 騒音が苦手な私だけれど、気分転換になるのかもしれないと、ここを選んだ。
 ここは、この都市にある一番大きなテーマパーク。
 券売口を前にして深呼吸を一つ。
 私は大人、私は大人……
 そう何度も心の中で繰り返しながら、平然を装った態度でチケットを買う。

――ねえ、私の声、聞こえてる?
――あぁ。
――今更だけど、あなたのこと、なんて呼んだらいい?
――俺の名前は……俺の名前はない。

 首を傾げてしまう私。
 うーん、呼び名がないと不便よね……
 なにかないかなぁ……

――アキ! アキってどう?
――アキ?
――そう! なんか、これって初デートみたいじゃない?
――デートォ!?
――うん! アキと私。二人きり! だ、か、ら、初めてのデートが秋だから、アキ!
――はぁ、好きにしろ

 なんだか、名前があるだけで距離が一気に縮まった気がする。
 たったそれだけのことなのに、アキの声以外、なにもしらないのに顔がニヤける。

――じゃあ、アキ。まずは、あそこ行こ!
 一番に行ったのは、お店。
 あーだこーだとアキに話しかけながらテーマパークのマスコットのリボンが付いているカチューシャを買う。
 ネットを見ていたら、みんなこんなカチューシャや被り物を身につけて楽しそうにしていた。
 買ったばかりのカチューシャを付けてみる。
 これだけで、こんなにもワクワクが高鳴るなんて知らなかった。
 でも、この後どうしたらいいんだろ?
 テーマパークなんて初めて来た。どうすればいいかなんて分からない。

――まずは、時計回りに周れ。
――え、そうなの!? 分かった!
 アキの助言通り、私たちは次々にアトラクションに乗った。
 アキは、こういう所に来たことあるのかな?

 三分の一くらいは周れた。
「はーっ! 楽しい! けど……少しお腹すいたなぁ」
――もう昼の時間だからな。
「よし、じゃあ、ランチにしよう!」
 ――待て、この時間はどこもいっぱいだぞ?
「ふふふ。その為に、昨日レストランを予約しておいたの!」
 いつの間にか、心の中で話すのをやめて、普通に喋っている私。周りから見たら一人で喋ってると気味悪がられるかもしれない。それも気にならないくらい楽しい。私にはアキが一緒にいてくれるから。それだけで楽しい。

「うわ、なによ、この値段。こんなオムライスが二千五百円!? ぼったくりでしょ!」
――仕方ないだろ、テーマパークのレストランだぞ?
「それは、そうだけど……」
――俺は食べれないけど、その分、ちゃんと食べとけよ
 アキは食べられないんだ……
 でも、せっかく一緒なんだしなぁ。
 あ!そっか!!
――おい、なんだよ、その量。1人で食べれきれるのか!?
「えへへー! アキの分も頼んじゃった!」
――だから、俺は食べれないって……
「いいの、いいの! せっかくの初デートだよ? 楽しまなきゃ!」
 と、意気揚々と頼んだものの、総額の高さに腰を抜かしそうになってしまった。
 必死にアルバイトしてたお金。きっと、この時のためにアルバイトの辛さも乗り越えられてきたのかもしれない。そう思うと、また笑顔になれた。
――だから、やめておけって言ったのに。
 大きなため息が«聴こえる»。
「いいの! アキとの思い出が増えるんだよ?」
――勝手にしろ。
「うん、そうする! よし、ランチも済んだし、次はどこ行こう?」
 一人で乗っているように見えるアトラクションも、二人で乗っているから楽しい。
 時には、アキの絶叫している声も«聴こえる»。

 そうしてる内に、夕方の十六時になってしまった。
 もう、帰らないといけない時間。
 帰りたくない……終園の花火も一緒に見たかったな……
――ほら、行くぞ。時間だろ。
 アキの言葉に頷くことしか出来ない私。
――悪かった
 アキの意外な言葉に驚いた。悪かったって、どういう意味?
 私の考えを察したのだろう。アキは続けた。
――俺に身体さえがあれば、もっと楽しめたんだろうな
「アキは悪くない! きっと、なにか理由があるんでしょ!? それに、私はこうやってアキとデート出来て楽しかった!! だから、謝らないで!」
――そうか。
「じゃあ、帰ろ?」
 私たちは、テーマパークに来た時とは反対の手順で家に帰った。


「未希!学校にも行かないで、どこに行ってたの!?」
 あちゃー、バレちゃったかぁ。
「ごめんなさい……」
「未希は優しい子だから、最近色々あったから抱え込んじゃっていたのかな」
「お母さん、大丈夫だよ。もう辛くなんてないから」
 お母さんの悲しそうな瞳に光る滴がたまっている。
 私の言葉を聞いた途端、私を抱きしめ、私の胸の中で『ごめんね、ごめんね』と何度も呟く。
――ねぇ、お母さん? 私、生まれてきて良かったよ。
 ピコのことがあって以来、久しぶりにお母さんとちゃんと話をした。もう何年も、何十年も話していなかったかのように思えるくらい、大切な時間だった。
 お母さんとは、今日のことは二人だけの秘密にするかわりに、もうこんな事はしないと約束した。

 部屋に入ると、ドッと今日の疲れが出てベッドへ倒れ込んだ。
――ねぇ、アキ。
 何も返答はない。



 アキとテーマパークに行ってから、数日。
 私は、何度となくアキを呼び出そうとした。
 例えば、『学校のテストが始まるから勉強が大変~』とか『明日、出かける服、どっちがいいと思う?』だとか。

――アキ、アキ……どこに行っちゃったの?
 アキがいないことで私の心にはポッカリと穴が空いてしまった。なかったはずの穴がいつの間にか出来ていた。アキがいないことが寂しくて、私は俯いて生活をするようになった。
 それでも、アキの声は«聴こえる»ことはなかった。
 あれは、全部アキの力だったのだろうか。
アキは、私に連れ回されて嫌気がさしてしまったのだろうか。
そもそも、なんでアキは私に«視える»力と«聴こえる»力を与えたのだろうか。
 なにか意味はあった? それとも、私でなくて誰でもよかったのだろうか?
 私の頭の中には、もうアキしかいなかった。アキのことで、爆発しそうなくらい気持ちが溢れていた。

――今日もアキ、いなかったなぁ
 相変わらずベッドの上で天丼を見ていた私の耳に異物な音が聞こえた。

 ドンッ!ガシャン!ガシャン!

 私は慌てて階段を降りてリビングのドアを開けた。
 そこでは、見たことのない人……いや『お母さん』が形相を変えてお皿を床に投げつけていた。
「お母さん! お母さん!! どうしたの!?」
 私は、お母さんに飛びついて動きを抑えようとする。けれど、流石に適うわけがない。必死にしがみついていたけれど、お母さんの暴走を止められず、私は壁に投げ飛ばされた。
――何? お母さんに何があったの? どうしちゃったの?
 少ししてから気が収まったのか、お母さんは冷静さを取り戻りつつあった。
「お……かあ……さん?」
「未希......」
「未希、変なところを見せたな」
 いつも通りに戻ったお母さんと、いつも仕事でいないことが多いお父さん。普通の喧嘩じゃない。なにかが起こってる。
「ねぇ、これはどういうことなの?」
 バツが悪そうに俯いている二人。とりあえず、テーブルに座って話をすることになった。
 話は簡単だった。お父さんが浮気をしていたのだ。私が就職するまでとの約束で一緒に暮らしていたそうだ。
 私の家族は、既に破綻していた。
 そんなことにも気付かず、私は家族の何を見てきたのだろう……
「私を都合のいい言い訳に使って、二人は何がしたいの」
「言い訳になんてしてないわ」
「お父さん達は、お前のことを思って……」
「もういい! 二人の好きなようにして!!」
 私は、怒りに任せて外へ飛び出した。行くあてもなく、お財布もスマホも持たずに。

 辿り着いたのは、アキとの思い出の場所のテーマパークだった。
 もう冬だ。こんな薄着なんてしてたら、凍死するのかな、なんてぼんやり考えながら夜空を眺めていた。
――未希。
 私の朦朧とした意識がハッキリとした。この声。待ち焦がれて、毎日呼んでいた。
――アキ、いるの? どこ? どこにいるの?
――隣にいる。
――アキのバカ。あんなに呼んだのに、出てきてくれなくて……
――未希、落ち着いて聞いてくれ。俺は、お前の死神だ。
――死神?
 死神って、大きな鎌を持って人の魂を地獄に落とすっていう死神?
――誤解されがちだけど、本来、死神は姿も声も対象者に教えてはならない。生まれた時から死ぬまで、その対象者を監視して死を見届けるだけの役目だ。
 でも、アキは«視せて»くれたし、声も«聴かせて»くれて、デートもしてくれた。死神なのに、なんで……
――自分でも不甲斐ないよ。いつの間にか、おま……未希に死んでほしくないって思うようになってた。
――え?
――要は、その……未希のことを好きになってたんだ。
 アキが私のことを? それで、«視せた»り、«聴かせた»りして守ってくれてたってこと? 死神なのに?
――なにそれ、本末転倒じゃない!
――うるせぇ
 声だけで分かる。アキは、照れてる。
 それなら、もう隠すこともない。堂々と言っていいんだよね。
――アキの言うことが本当なら、私たち、両想いだね。だって、私もアキのことが好きなんだもん。
――未希、でも俺と未希の住む世界は違う。死神は、姿を見られてはいけないんだ。
――それなら、あたしもアキと同じ世界に行くのは?
ーーわかった。その代わり早くハッキリしてこい。

私は、その時、久しぶりに未来を«視る»ことが出来た。
きっと、このことを言ってるんだ。
やるだけのことは、やってやる!



「はぁ、はぁ」
 やっと、戻ってきた。息が白い。乾燥してる空気で酸欠になりそう。
 でも、そんな悠長なこと言っている場合じゃない。
 これで私の、いや私たち、みんなの運命が変わる。
最後の運命の道は自分で切り開く
 玄関を空け、リビングへと戻る。
 お母さんもお父さんもテーブルに座ったまま、下を俯き何も喋らないでいる。私が戻ってきたことにも気付いていないようだ。
「お母さん、お父さん」
「「未希!」」
 二人が駆け寄ってくる。『ごめんね』『すまない』それぞれ、謝るばかりの二人。
最後に、私は、伝えなきゃならないことがある。
「ねぇ、二人とも、聞いてほしいの」
「......なに?」
私は、意を決して話し始めた。
「これからは、二人が生きたいように生きてほしい。私の人生があるように、二人にも二人の人生がある。私のために、二人の人生を後悔させたくない、壊したくないの」
「そんな、後悔だなんて……」
「そうよ、未希は私の生き甲斐なのよ」
 やっぱり。二人とも、私のことしか考えてない。夫婦なのに、お互いのことを、自分を見てない。いくら人生経験の少ない私にだって分かる。
 そんなの、間違ってる!
「あのね、私はこの家から出る。本当に好きな人のところに行って、一緒に生きていく。そして、寂しくなるけど……もう、二人には会えない」
 私が何を言っているのか分からない、と言った顔をしている。
 でも、これだけは伝えなきゃいけない。
「みんな、自分の人生を切り開く力もあるし、それを進まなきゃならない。私は、今まで自分で決めたことがなくて言われるままにやってきた。その私からのお願いです。好きな人のところに行かせてください。親不孝者でごめんなさい!」
 私は、産んでくれて、沢山の愛情を注いで育ててくれた二人に深々と頭を下げた。



 すぐさま踵を返した私は、そのまま家から出た。
 玄関を開けると、向かい側の壁にもたれかかって上を向いている青年がいた。雪雲が月にかかり、周りが暗く誰か分からない。
 痩身でキャップを被り、全身黒で統一しているコーディネート。
 見たことがない人だが、近所の誰かだろう。
 軽く頭を下げ、急いでアキがいるテーマパークへ向かおうとする。
「そんなに慌てなくても大丈夫」
「え?」
「気付いた?」
 この声、アキだ。間違いない。何度も聞いた声。忘れるはずがない。
「アキ……アキだよね?」
「初めまして。死神のアキって言います」
「アキって、こんな人だったんだ」
「……なんだよ、文句でもあるのかよ」
 初めて見るアキ。懐かしさもあるけど、なにより死神とは思えない瞳の奥の優しい光。
 そして、少しムッと膨れている顔もまた可愛い。
 これが、この人が、私が好きになった人。私のことを好きになってくれた人。
思わず、アキに抱きついた。
「いきなり、何してんだよ!」
「少しでいいから」
「未希......」
そういうと、アキは私を包み込んでくれた。
やっと出逢えた私の好きな人。

数分後、アキはゆっくりと私を話して顔を見つめた。
「やっぱり、未希をあちらには連れて行けない」
「え!? そんな、話しが違う!」
「最後まで聞いてくれ」
私は、子供のように泣きべそをかいて頷く。
「今まで、死神の掟を破ってきた。お前に姿を見せたことは、必ず上に知られて俺は帰ることになる」
「私も一緒に、だよね?」
「だから、連れて行けない、と言っただろ。俺は、お前に生きてほしい。ちゃんと、この世で大切な人たちと一緒に」
「そんな......」
「ごめんな、嘘ついて。これから、未希は«視る»ことも«聴く»こともなくなる。もちろん、俺の存在も忘れる」
「え......嘘、そんなの嫌! 嫌に決まってるじゃない!」
「それでも、俺は未希を覚えてる。ずっと想いづけるから。だから、それで、許してくれないか?」
アキは、辛そうに笑いながらも目線を逸らさずに話してくれる。
「分かった......今日が、私とアキにとって初めてで最後の夜になるんだね」
「そうだな」
「アキ、私のこと、絶対忘れないでね?」
「約束する」
辛いけど、本当は嫌だけど......
「バイバイ、アキ」

その言葉を聞くと、アキの表情は緩んだ。
そして、『さようなら』と言い残して、姿を消した。
アキ......
一番好きな人。
私を救ってくれた人。
楽しい思い出も辛かった過去も無くなるんだね。
また、会えるかな?
私はアキを見送るように空を見上げた。

「あれ......あたし、なんで外にいるの? 寒っ!早く家に入らなきゃ風邪引いちゃう!」
そう言うと、私は家の中へ戻っていった。