ーーー 鈍行列車が、僕の体を、懐かしさと共に運んでいく。

ポツリ、ポツリと立ち並ぶ民家の中に、田畑が広がり始め、オープンワールドのソレと良く似た風景が、もうすぐ訪れる再会を示唆していた。

大学への進学を機に上京し、そのまま就職をして早3年。

毎年、なるべく帰省はしていたものの、社会人という速すぎる波に飲まれるように生きてきたために、だんだんと足が遠退いていた事も事実。

しかし、その中でも今回は特に、楽しみにしていたイベントがあった。それと同時に痛みも抱えて。

この田園風景を過ぎて、あと少しすれば目的地の無人駅に辿り着くわけだが、その先の待人を思うと、自然と浮かび上がるのは、あの頃の光景だった。

ーーー 18歳という年齢は、大人にもなれず、子供でもいられない中途半端な時期で、それでも一丁前に大人ぶった僕達は、幼馴染という関係性に甘えて、変貌することないはずと信じた未来を語り合っていた。

車がなければ不便な田舎で、自転車を漕ぎ、2人訪れた無人公園。

敷地を無駄に余らせたこの公園には、街を見下ろせる程の高台が整備されていた。

僕たちは、夜の闇を照らす月明かりを浴びながら、濁りない瞳で、その街を見下ろしていた。

(そう)くんはさ、将来の夢ってある?」

僕、代木(しろき)壮馬(そうま)をそう呼ぶ人は、幼馴染であるかなちゃん、市来(いちき)花苗(かなえ)の他にいない。

「そうだな〜、夢と言われても〜。まぁ、人の並の幸せ? そういうのが、途切れなく続くのならば、それでいいんだよね。実際」

そんな僕の乏しい未来図に、僕らしいと笑ってくれるかなちゃんの、数え切れないほど見てきた笑顔は、何度も見ていても新鮮に、僕の心臓に不確かな感情を刻んでいく。

「そういうかなちゃんは、夢ってあるの? 」

そう言えば、こういう真面目な話はしてこなかったような気がする。

「えぇ〜。忘れちゃった? 昔、言ったことあると思うんだけどな〜」

かなちゃんは、まるで僕の脳内を見透かしているように、いたずらっぽく微笑む。

「え? そんな話したことあったけ?」

「うん。あるよ。もう10年近くになるかもしれないけどね。私はね。素敵なお嫁さんになるんだって、そう言ったの。それは、今でも変わらない。素敵な旦那さんと、素敵な家庭を築いて、素敵に生涯を終えたい。それが、私の夢」

そう言った、夜空を透かしたかのような儚げな横顔に、僕は複雑な感情を抱いていた。

その夢に、僕の居場所があるのなら、僕らは一体、どんな関係であるのだろうか。

かなちゃんの見ている先にいるその人は、まだ見ぬ、僕も知らない人なのだろうか、それとも。

「お互いに、叶うといいね」

そんな僕の心情は知る由もないかなちゃんは、途中で買ったサイダーを僕に突き出す。

「うん。そうだね」

僕もそれに応えるようにして、同じく買ったサイダーを、かなちゃんのサイダーにコツンと当てる。

これが僕らの恒例行事。定期的にこうして夜景を見下ろして、サイダーで乾杯。他愛ないを繰り返しここまでやってきた。

それでも、今日はどこか違った。高校最後の夏だからなのだろうか?

卒業すればきっと、別々の道を歩むことになるだろう。それは必然的に訪れる別れ。それでも、今生の別れという訳ではないはずだ。

そのはずなのに、その日は思考が別の可能性にたどり着いてしまった。

このまま、この関係のまま、かなちゃんと離れてしまえば、その先はきっと、同じような僕らではいられないのではないかと。

こうして、他愛のないを繰り返してきた青い季節には戻れないのではないかと。

「かなちゃん……」

「ん?」

形のない不安から逃れるようにして、ふと口にしてしまった名前。その先に僕は何を云う? ようやっと自覚したこの想いを今更伝えるべきなのか?

それが、表面上は変わらなくとも、奥底でこの関係に歪みを落とすとしても。

「かなちゃん…………。幸せになろうね(・・・・・・・)。2人とも、夢を叶えて、幸せに…………」

最終的に僕が口にしたのは、そんな本音を上手く濁した、告白のなり損ないだった。

その真意に気づくはずもないかなちゃんは、「そうだね」とまたいつもの、その僕の好きな笑顔を浮かべた。