目の前の大男が立ち上がる。その手に握るは立派な薙刀だ。合わせてみると急にこの洞窟内が狭苦しく感じてきた。広い広いと思っていた空間、何処へ逃げてもあの薙刀から逃れられる自信がない。

 ならば、まずはその薙刀から奪うとしよう。

「よくも仲間をぉ!」

 間延びした声だがその動きは隙がなかった。寝るのに邪魔だったのか、鎧は脱いでいるようだが、それでも防具なしの肌に一撃を入れる自信はない。

 だからこそ、勝ち目があった。

 振り下ろされる薙刀。それは完全に僕の脳天へと向けられている。圧倒的一撃は反撃を許さない。避けたとしても、防いだとしても、手首の返し一つで軌道はいくらでも変化する。
 ならば逃がさず、正面から受け止めるのみだ。瞬時に発熱する僕の体。ジレッタの権能の一つ、身体強化を纏わせて刃の根元を、腐食の力が籠った手で受け止めた。

「なにぃ!?」
「もうそれは使えないぞ!」

 慌てて距離を取る頭領だが、もう遅い。
 腐食は見る見るうちに伝染していき、まず刃を落とした。地面に落ちた刃も、切り離されたにもかかわらず権能が侵攻し、塵へと変化していく。
 残った柄は先端から、まるで塗料が零れ落ちていくかのように腐食が進む。気味悪がってそれを投げ捨てた後はもう、ゴミだ。

「貴様ぁ、何をしたぁ!?」
「ちょっと腐らせただけだよ……さぁ、観念しろ!」

 再び緋心を抜き、頭領へと迫る。もう覚悟は決めた。後は終わらせるだけだ。

「うわあああああ!」
「ハァッ!!」

 正直、ヒルダさんを相手に訓練していた僕からすれば赤子の手を捻るようだった。金棒がない鬼には角や牙、爪があるが此奴にはない。あるのは大きな体だけだ。
 繰り出すパンチもキックも、物を投げる様も、僕の前には何の意味もなかった。ただ、暴れ回るのが面倒だった。しかしそれも時間の問題。疲労し、膝をついたところで首を刎ねて終わらせた。

 倒れる頭領を背に、ジレッタ達の元へと戻った。

「お疲れ、侘助」
「お疲れ様です」
「2人ともお疲れ様。さぁ、帰ろう。夜が明けてしまう」

 この死体の山はそのうち動物が処理するだろう。わざわざ僕たちが衛兵に連絡するのも変な話だ。此処にいることがバレてしまうし。

「っと、その前にあれを回収しないと」
「そうだ、剣だ。忘れてた!」

 ジレッタの在庫から作った剣だ。つまり僕たちの備品だ。
 周囲を見ると洞窟の端に、昼間見た台車があった。剣もその上に積まれたままだ。
 喜び勇んで手に取って散り散りバラバラ……なんてことを想像していたが、そうでもない。よくあることなのかもしれない。つまり、それだけ罪を犯し、稼ぎ、依頼していたということだ。
 その事実にまた嫌な感情が湧くが、今は早くこの場を去りたい。

 ジレッタが本の中の倉庫に剣を収納したのを確認して、僕たちは大急ぎで町に帰るのだった。


             □   □   □   □


 鳥の声が聞こえてくる中、大急ぎで帰った僕たちは借りている部屋で息を整えていた。
 バレない抜け道ではあったが人が居ないという訳ではなく、人目を気にしながらの移動はストレスが凄かった。悪いことをしているという自覚があるからだろう。
 しかしニャルの斥候的な先回りのお蔭でバレずに済んだ。あまりにも優秀過ぎる。

「大丈夫か、侘助」
「疲れた……」
「いや、精神的な方」
「そっちもまぁ、疲れたかな……でもジレッタが言ってくれた言葉のお蔭ですごく楽になったよ」

 実際、本当に気が楽になっていた。だからと言って自身が行ったことから目を背けている訳でもない。
 ちゃんと理解し、受け止めて、今此処に立っている。
 それは全部ジレッタのお蔭だった。そしてニャルにも感謝している。

「ニャルもありがとう。何でもやればいいって訳じゃないって知れたよ」
「それは私も同じです。大多数の為に切り捨てた少数を守る人がいるということを知れました。これからは全てを守れたらなと思います」

 そういえばニャルも誰かを……弱者を守る為にこの活動をしているんだっけか。

「ニャルは何で怪盗を始めたんだ?」
「語ると長いですが」
「時間はあるよ。あと2時間くらい」
「ではお話しましょうか」

 其処から語り始めたニャルの人生は壮絶と言えるものだった。

「獣人種は高く売れるそうです」

 ニャルが暮らしていた獣人種の里は人間によって焼かれ、奪われた。男は殺され、女は奪われ、子は売られた。
 子供だったニャルは奴隷として裏の市場で取引され、1人の冒険者に買われた。その男は冒険者活動をしながら副業もしている敏腕で、その副業内容は盗賊だった。
 しかしニャルのような義賊的な活動ではなく、しっかり盗賊だった。だが冒険者としても優秀だった男は盗賊として足がつくようなへまをせず、その稼業は長く続いた。

 やがてパーティーメンバーを募り、少しずつ少しずつ、メンバーへ盗賊行為を促していった。
 『貰っちゃっていいんじゃない?』『これあげるよ』『これ欲しいなぁ』
 なんて軽い口調から、乗り気になったメンバーが貰うことから始め、やがて奪うようになったという。

「私の武器もそういった盗品が主でした。でも常に同じものが渡せる訳でもなく、かといって上手く扱えなかったら酷い扱いを受ける……そういうことが続いた結果、様々な武器を扱うようになりました」

 千の武器を扱う変幻自在の冒険者。ついた二つ名が【千変】だった。なんとも皮肉な話だ。

 そんな調子だったパーティーだったが、ある日モンスターの大群に殺されてしまう。随分とあっさりした終わりだが、人間なんてそんなものだ。
 だが命からがら逃げだしたニャルはたった一人生き残った。契約者が死んだことで奴隷契約も無効となり、自由の身となったニャルがしたことは盗賊の続きだった。
 ただし、違う点があった。それは弱者の救済を目的とした窃盗。義賊。
 冒険者達の死体から入手した空間収納の機能がついた『虚影のマント』と『無影の仮面』を使い、活動を始めた怪盗【無貌(フェイスレス)】。

 あとは僕たちも知る話だった。

「高名な冒険者だったとはな」
「屈辱の名でしかありませんでしたよ。ワーキャットの誇りに傷をつけられただけです」
「獣人種ってのは誇り高い生き物なんだな……見習わなくちゃな」
「まぁ、そういう話です。ところで時間は大丈夫ですか?」

 言われて窓の外を見る。日はすっかり昇り、出勤する人達の姿が見えた。

「やばい! 仕事だ!」
「私はもう少し休んでから出ます。鍵は外から閉めますので」
「変なところで怪盗技術出さないで! とりあえず、行ってくる!」

 仕事着に着替え、道具が入ったカバンを引っ掴んで大急ぎで家を飛び出した。
 一瞬寝落ちしただけのハードな夜だったが、不思議と疲れは感じていなかった。この徹夜明けのテンション、久しぶりだ。

 ハイになっていた僕はその時は気付いていなかったが、久しぶりに誰かに『いってきます』を言った。
 後になってそれを思い出し、何とも言えない暖かな気持ちが心の中を埋めていった。
 人を手に掛けた僕だが、いってきますと言えるのも生きているからだ。

 良いことも悪いこともジレッタと半分こして……まずは目の前の仕事を頑張るところから始め事にした。