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女性の一般的な結婚適齢期が十五歳から十七歳と言われるこの時代の中で、今年十七歳になっても未だに婚約者すらいない花子のような女性のことを、陰で『卒業面』と呼ぶ者がいた。
ほとんどの女性が女学校在学中に結婚を決め、退学する者や卒業後すぐに嫁入りという基本から逸れた、言わば卒業しても結婚ができないような不細工な面構えをしているという意味だろう。
けれど花子はまったくそんな言葉には動じていなかった。
むしろ結婚とはすべての自由を奪われてしまうのだから、一生しなくていいとさえ思っていた。
「あ、あの……」
「なに?」
「あなた、何者?」
「ハハハッ!ようやくわたしに興味を持ったようだね」
男に手を差し出されてから、花子は十秒もしないうちにその手を取っていた。
脳内ではあれやこれやとたくさんの心配ごとや不安や問題を見出してはいたものの、花子の根本である【自由になりたい】という意志がそうさせたのだ。
重なり合った手を見て、男はうなずいた。
そうして案内されるがままに着いて来たはいいけれど、花子は驚きのあまり何度も目をパチクリとさせていた。
そもそも花子の家は江戸時代から続く武家の一族で、多くの手柄を立てた功績を讃えられ、伯爵のくらいを賜り、さらには東京の地へ住むよう通達がくるほど格式の高い立派なお家柄であった。
広い家に、広い庭。屋敷の使用人は五十人以上にものぼり、舞踏会では常に中心にいるような存在の彼女が吃驚するなどということはもう滅多になくなっていた。
けれど男に連れてこられた家を見て、開いた口が塞がらない。
「西洋から来た建築家が建てた家だよ。驚いた?」
「初めて中まで見ました!やはり外国の方が考える建築物とは芸術ですのね!」
大理石で作られた台所に、居間、階段や湯船まであるこの家。
いくら花子の実家がすごいとは言え、西洋文化をここまで取り入れている家づくりというのは希有なものであった。
西洋文化を見習い、だんだんと西洋化していくこの国を未だに悪く言う者も少なくはないけれど、花子はどちらかと言えば賛成派についている。
新しいモノを取り入れていくと新しい発見がある。花子はそういう考えの持ち主であったために、実家をはじめとする彼女を取り巻くすべてのものが息苦しく感じられて仕方なかった。
「さぁ、自由にくつろいでいいよ」
「ま、まずはあなたのお名前をお聞かせください」
「ふむ、そうだね。正幸、と呼んでもらおうか」
「正幸、さん」
「君は花子ちゃん、だったね。末広 花子」
「は、はい」
はじめに出会ったときはただの非常識な男だと思っていた彼女も、この家を見せつけられるとさすがに見方も変わってしまう。
いくら肝が据わっているとはいえ、齢十七の女子が萎縮してしまうのも無理はない。もしも自分より身分の高い人だったらどうしよう。そもそも素性も分からない人の元へついて行ってしまうなど愚かだったかもしれない。
花子は心の中で何度も自分と語り合う。
男の容姿からして、きっと二十代も半分ほど過ぎた頃だろうか。背は高く、鼻筋の通った整った顔つきに加えて、特徴的だったのはその大きな手であった。
「(いったい何をしていたらこんな立派な家に住めるのかしら)」
「おやおや、ボヤッとしていていいの?君、手ぶらで家を出て来たのだろう?これから必要なものを揃えに行こうと思うのだけれど、一緒にどう?」
「か、買い物に行けるのですか!?」
「残念ながらここに使用人はいないからね。いるのはわたしだけ。だから基本的に身の回りの世話は自分でしなければならない。驚いた?」
「いえ!素敵です!では買いにいきましょう!」