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「姉の町子は優秀であるが、妹の花子は出来損ない……ねぇ」
正幸に想いを告げてきた『末広 町子』の身元調査で調べさせた書類には、なんとも可哀想な文面がつらつらと書かれていた。
なんでも妹である花子という子は相当な問題児らしく、通っている女学校でも料理の才もなく、裁縫は男が縫ったほうが綺麗ではなかろうかというほどの愚作を生み出し続けているそうだ。
《階級制度を嫌っており、平民たちのことを平気で友人と名乗り、教師親共々手を焼いている。舞踏会や夜会への参加は最低限の回数をこなすだけであり、将来は海を渡ってみたいと言っている。もうじき女学校を卒業するが、婚約者やそれに近い異性もおらず》
「……ふむ」
「末広町子であれば、正幸さまのお隣に相応しいお方だと思いますよ。末広家は有名なお家柄ですしね」
どちらかと言えば妹のほうに興味が湧いた、というのが正幸の本音だった。花子のような女性がなかなかお目にかかれない人物であることは間違いない。
「ま、正幸さま。本当にお会いになられるのですか?」
「あぁ。妹のほうを詳しく調べてくれ」
「承知いたしました……って、えぇ?」
それから正幸は時間を見つけては、巷で有名な“可憐な町子”ではなく、“出来損ないの花子”を探すようになった。
遠くから見ていても分かる。彼女はきっと、不自由なのだ。
それはもう、息が詰まるほどに。
家柄も文句はない、一見なに不自由なく暮らしているように見えるが、それこそが彼女にとって一番の不自由なのだろう。
「(末広 花子は昔のわたしと同じなのかもしれないな)」
正幸は花子のことをそう思いながら、物陰に隠れて見ていた。
時間潰しに花子の後を追うようになってからしばらくして、彼女が神妙な趣で険しい森林に入っていく姿を見かけた正幸は、大事な会議をすっぽかしてまで花子の後を追った。
一ヶ月ほど一切外へ姿を見せなかった彼女が、ふと現れたのだ。
そして何かを思い詰めた様子で森へ入っていく様子を見て、正幸は黙ってはいられなかったのだ。
そうして彼女が泣き叫びながら放り投げた日記を、正幸は手に入れた。
花子自身の手によって捨てられた日記を、じっくりと、一枚一枚内容を読んで、正幸は一つの提案を実行に移したのだった。