「ふぅぅぅ。今日はさすがに疲れたかなぁ」
壁に掛かっている時計は、ここの時間で夜11時を回っている。
昼食の場では、あらためて自己紹介が行われた。
仕事に関わる話は明日以降にしようと決まり、渚珠は部屋で荷物の整理や、転居とインターン着任報告の手続きを行ったりと時間が過ぎていった。
「でもぉ……。やっぱり、本物は違うなぁ……」
今はもうすっかり外は暗くなっていて、他の三人もそれぞれ個室に入っているから、起きているか寝ているかは分からない。
それでも窓を閉められない渚珠。その理由は外から部屋の中に入ってくる、砂浜に打ち寄せる静かな波の音だ。
こんな景色も、以前は観光映像などでしか見たことがなかった。
アルテミスの住民にとって、アクアリアは訪れてみたい観光地の筆頭にいつもあげられている。
全てが人工物で出来ている故郷の風景を思い出すと、窓からの風景は夢を見ているのではないかと思われるほどだ。
「でもねぇ。これがあるもんなぁ」
窓の横には2着の服がハンガーに掛けてある。
1つは渚珠がここに来るときに着ていたワンピースと、もう1着は今日から自分の物になった制服。
ALICEポートの制服はそもそも正規に着用できるのが自分でようやく四人目と絶対数が少ないこともあり、ネット上でも非常にレアな被写体と扱われているらしい。アルテミスでも各ポートの制服写真集などという電子ブックで見ることはできる。
午前中に訪れた第4アジアハブポートにも各ポートの制服をモチーフにした衣料店があるとかで、そこでは入荷次第完売してしまうなんて話も聞いた。
「だから、本物の証として個人の名前を刺繍で入れているんだよ。職員さんたちも最初にそこで本物か見分けるくらい」
IDカードをぶら下げるため胸元に設けられたパーツに“Nami.M” の刺繍が入ったものは本人しか着ることを許されないものなのだと。
アクアリアに行くことだけでも夢のような話なのに、この服を自分で着られるなど予想する方が無理だったし、「姿を見られるだけで幸運!」と言われるほど写真の中でしか見たことがなかった憧れの彼女たちが今日から自分の同僚になったなんて、それこそ信じられない!
「私たちも、まさか配属がこことは思ってなかったよ」
夕食の時、他の三人も口を揃えて言う。
他の星から移ってきた渚珠と違い、彼女たちはアクアリアの出身だ。それであっても、この職に就くのは難しいという。
「でも、ここって定期便もほとんど無い場所だから、わたしたちでもやっていけるってことなのかなぁ? かなり不便そうなところだから、人気もなさそうだし……」
渚珠の第一印象を話すと、意外な答えが返ってきた。
「とんでもない。このALICEポートは凄い人気なんだよ。募集はあっても人を採らないから。ここにいる私たちだって、どうして選ばれたのかよく分からないし」
「そ、そうなんだぁ……」
「きっと、『何か』がないとここには入れないんだろうね」
「そうだねぇ……」
ぼんやりと暗い窓の外を眺めながら、本当にその『何か』を自分が持っているのか、自分でもよく分からない。
そうだ。アルテミスで辞令伝達を受けたときも、『ALICEポート』という名前だけで、周りも信じられないという視線を向けられたことを思い出す。
この場所に来ることができたのだから、その『何か』を自分も持っているのだろう。他のメンバーもそれの正体は知らされていないようだった。
「まぁいいかぁ。ゆっくり考えることにしよぉ……」
窓を閉めてベッドに入る。緊張で疲れていたせいか、渚珠のアクアリア最初の日はあっけなく幕を閉じた。