「このコースだと、うちへの接近ね。何かあったのかしら?」

 広い海とはいえ海底にある複雑な地形の影響や刻々と変わる他の海面上の移動物との衝突を避けるために、それぞれの港には到着と出発コースが設定されている。

 今のところ弥咲の試験はそのコース外で行われているので、直接影響がないとはいえ注意しておいた方がいいだろう。

 凪紗はレーダーのモニターに表示されたボートにコンタクトを取るように指示を出す。すぐに設定完了の表示に変わった。

「こちらALICEポートのアプローチ管制です。そちらのコールを教えてください」

『ALICEポート、こちらは第4ハブのタキシング1。現在そちらに到着の海上コースを航行中です。接岸許可をお願いします』

「到着ですね。許可します。現在コース外にて試験艇が海中試運転中です。ニアミスなどに注意してください。到着はオートモードにて行います」

『自動モードで到着、了解』

 こうしておけば、あとは凪紗が指示を出したり相手の船長が操縦しなくても、双方のコンピュータ同士が通信し合って自動で接岸まで行ってくれる。この時代でも最新鋭の装備だ。

奏空(そら)ちゃん、急なお客さまみたいなんだけどデッキまでお出迎えできる?」

 凪紗はもう一人のメンバーを呼び出す。奏空はちょうど昼食の準備をしているところで、人数がどうなるか……と考え込んでいたところだった。

「はーい。お出迎えですね」

 奏空は準備の手を途中でやめ、急いでダイニングフロアを飛び出した。

「凪紗ちゃん、お客さまのお名前とかは?」

『今確認中だよ』

 小規模な施設とは言っても、接岸デッキの長さは大型の星間連絡船が到着できるほどある。

 奏空がぱたぱたと接岸場所に走り寄るのと、海上でゆっくりと姿勢を整えた船が接岸したのはほぼ同時だった。

「はぁはぁ……。いらっしゃいませぇ。ようこそおいで下さいました」

 そう言いながらデッキと船の間に板を渡す。

 扉が開いて、中に乗っていたのは意外にも同年代の少女だった。

「はい、荷物をお持ちしますね」

 中からキャリーバックを受け取り地面の上に置く。そしていよいよ本人が降りようとした瞬間……。

「いかん。波が来るぞ!」

「ほえ?」

 船長が叫ぶのと、その少女が振り向くのが同時だった。

「危ない!」

 突然、穏やかだった水面に大きな波が立った。通常の定期便などある程度の大きさの船ではびくともしない程度でも、この本来は作業用である小さなタグボートではかなりショックを受けて上下左右にふられる。

 奏空が彼女の手をつかんだまではよかった。しかし少女が後ろに振り向いていたことと、揺れが予想以上に大きかったためか二人ともバランスを崩してしまう。

「きゃー!」
「ほえぇ~!」

 派手にふたつの水しぶきが上がった時には、再び海は静けさを取り戻していた。

「大丈夫か?」

 船の上から、船長が覗きこんでいる。

「二人とも大丈夫……。でもお客様が……」

 点検用のステップを使って、先に少女を上がらせて、次に奏空もデッキに上がった。

「二人とも大丈夫!?」

 叫びながら凪紗が猛然と走ってくる。

「はぁはぁ……。もぉ、弥咲のバカぁ……」

 ようやく息が落ち着いてくる頃には、大波を立てた犯人も駆けつけてきた。

「すみません! 怪我はなかったですか!?」

「怪我はないけど、お客さまこんなにしちゃってどーすんの?」

 自らも水浸しになってしまった奏空の抗議なので、弥咲も平謝りするしかない。

「あの……。お客さまのお名前とご予定をお伺いしてもよろしいでしょうか? お時間があればお洗濯とこの後の便の調整などをさせていただきますので」

 凪紗がデッキに置いてあった荷物を持ち上げながら尋ねる。荷物はキャリーケースひとつだけだが、重量はそれなりにあった。長旅だすると今後の便を確認しなければならないかもしれない。

 しかし、そんな凪紗の予想を全く覆す答えが返ってきた。

「えーとぉ……。今日からお世話になります、松木渚珠ですぅ。よろしくおねがいしますぅ」

「えっ……? はぃ?」
「はぁ……?」
「えっとーー?」

 三人は自分たちに頭を下げた少女にしばらくどう返事をしていいのか分からなかった。