『長旅お疲れ様でした。当機はあと1時間ほどでアクアリア第4アジアハブポートに到着いたします。入星・滞在審査のご準備はお済みでしょうか。今一度ご確認ください』

 機内全域に到着間近のアナウンスが流れる。

「ふわぁぁぁ~~~。うーーん! さすがに3日は長かったなぁ……」

 個室の窓際の椅子に座っていた彼女はあくびをかみ殺すのに一生懸命だった。

 頭の後ろ上部で両脇をちょこんとリボンで結ばれた髪。全体的に軽くウェーブがかかっているため、結ばれた先が少し広がっている。くりっとした目は大きめで、ただでさえ童顔だと言われる顔をさらに幼く見せている。

 大気圏突入の際に閉められていた防護シールドが開けられるようになり、窓の外が見えるようになった。もっともそれ以前から機体に取り付けられたカメラの映像が各部屋のモニターには映し出されていたのだけれど。

 明るい雲を抜け、完全に眼下が肉眼で確認できるようになった。

「うわぁ、青いよぉ。海ってこんなにきれいなんだぁ……」

 両隣の部屋からも同じように感嘆の声が聞こえてくるようだ。

 仕方ないかもしれない。この機内にいる乗客のほとんどは水をたたえた本物の『海』を初めて見たのだろうし、この少女、松木(まつき)渚珠(なみ)自身もそれまではホログラフなどの資料映像や、知識としてしかその存在を見たことがなかった。

「今日からこの海のそばに住むんだぁ……。ステキかもぉ」

 渚珠は窓の外から手元の書類に視線を移した。


『陸上宇宙(スペース)(ポート)ALICE(アリス)・所長【見習い】』が今日からの彼女の肩書きである。

 つい先日までは普通の一中学生であった渚珠がこんな肩書きを持つには、いろいろと事情がある。


 西暦2350年。元々は「地球」と呼ばれていたこの星は、200年ほど前にそれまでの環境破壊などから壊滅的な被害を受けてしまった。極冠部の氷の大部分が溶け、それに伴う海面の大幅な上昇に大型台風の頻発。偶然に発生した地震と津波により、世界中のほとんどの都市が機能維持不能に陥ってしまった。結果的にそれまで7割と言われていた海の面積が9割近くまで増えてしまい、とても全員が陸上で生活できる状況にはならなくなった。

 この危機的な状況に、それ以前から新たな居住地として定着しつつあった「人工コロニー」、「月」や「火星」への大規模な移住が行われ、ほとんどの住人が移住を選択した。

 しかしながら、やはり故郷を捨てられずそれまでの暮らしを大幅に変えて復興を計った人々も少なからずいた。

 彼らが決めたのは、災害に残った海底都市を中心とする区画に大部分の居住区を設け、地上については例外を除いてほぼ全面的に自然保護区として残すこと。電力エネルギー源も潮流や風力などの自然エネルギーの利用でまかなうことが出来るようになった。

 結果的にこの「再生」が終わる頃には経済活動のほとんどが移住先で行われるようになっていたため、「地球」は「アクアリア」と名前を変え、過去の反省から無用な開発は一切禁止され、保養や観光、その他の場所では対応することのできない物資の補給など、特定の用途でしか利用できないような制限がかけられる自治区となった。

 ここを訪れる人々はまず宇宙(ポート)と呼ばれる施設に星間連絡船が到着し、そこで審査を受け、滞在許可が降りれば入星が認められ、そのあと各滞在施設が保有している個別のボートか公共交通手段を用いて移動することになる。

 この辺の仕組みそのものは大昔からあまり変わっていない。星間連絡船はほとんどが水中には潜れないので、宇宙港は基本的に陸上か海上に設置されている。ここから各都市に移動していくことになる。


『お客様に申し上げます。当機はあと30分ほどでブリッジに到着いたします。第4マリンシティに行かれるお客様は入管審査を受け、正面の通路をお通りください。このあとお乗り継ぎにて各ローカルポートにお越しのお客様は……』

 各部屋の小型立体スクリーンには到着後の手続きの案内が映し出されている。

 そのアナウンスの中に、渚珠にとって大事なことも含まれていたのだけれど、窓から見える景色に興味津々で、かつ興奮気味だった彼女には届いていなくても仕方のないことかもしれなかった……。