「うう……きーちゃん、きーちゃん……」

 たくさんの親子連れや友達同士の楽しそうな笑顔の行き交う、冬休みのショッピングモール。
 そんな人通りの多い通路の真ん中で、わたしは人目も気にせず泣いていた。
 正確に言うと、人目なんて気にしている余裕もないくらい、悲しくてしかたなかったのだ。

「きーちゃん、どこいったの……?」

 わたしはきょろきょろと辺りを見渡すけれど、やっぱり大好きな『きーちゃん』の姿はどこにもない。
 小学校五年生にもなってこんな風に泣いているなんて、恥ずかしいことだってわかっている。周りのひとたちの目がちらちらとこっちに向いていることだって、気付いている。
 それでも、いつも一緒に居たきーちゃんがこんな人混みで行方知れずになってしまうなんて、不安でたまらなかった。

「……きーちゃん……絶対、見つけるからね」

 歩く人の邪魔にならないようにと、ぼろぼろこぼれる涙を袖で拭きながら、通路の端っこに移動した時だった。ふと、わたしは前方に佇んでいたらしい誰かにぶつかった。

「……わぁ!?」
「おや……? ごめんごめん。ぶつかっちゃったね」
「……わ、わたしが前を見てなかったから……ごめんなさい」
「ふふ、ちゃんと謝れていい子だね」

 焦ったわたしが深々と頭を下げると、その人は優しく笑って許してくれた。
 怖い人じゃなくてよかった。安心感から顔を上げると、その人……白いコートを着た細身のお兄さんは、わたしの顔を見て首を傾げる。

「ところでお嬢さん。そんなに泣いてどうしたの? 迷子かな?」
「……あ、えっと……わたし……」

 そういえば今の今まで泣いていたのだ。ぶつかった衝撃で一瞬忘れてしまっていた。
 急に恥ずかしくなってうつむいてしまうと、お兄さんはわざわざしゃがみ込んで、わたしと視線を合わせてくれた。
 さっきは逆光になってよく見えなかったけれど、至近距離で見たお兄さんは、とても優しそうで綺麗な顔をしている。今度は別の意味で恥ずかしくなってしまった。

 そして視線をつい泳がせていると、そのお兄さんが、ふわふわの茶色いくまのぬいぐるみを抱っこしているのに気づいた。
 可愛いくまさんだ。もしかすると、お兄さんはすぐそこの混雑したおもちゃ屋さんか、ゲームセンターの店員さんなのかもしれない。

「……お兄さんは、お店の人……ですか?」
「うーん、お店の人って言われるとそうだけど、違うって言われると違うような……?」
「……? どういうこと?」

 曖昧な返事に、少しだけ不安になる。お兄さんは、親切で声をかけてくれたのかもしれない。
 それでも、知らない人に話しかけたら警戒しないといけないと、お母さんから口酸っぱく言われていた。
 店員さんではないのなら、身元のわからない怪しい人かもしれない。

「ふふ。お仕事で来たんだけどね、このショッピングモールにお店を構えてるわけじゃないから」
「……ふうん? そのくまさんは、お仕事の商品?」

 わたしはほんのり警戒をして、お兄さんの持つくまのぬいぐるみをじっと見る。

「ううん、この子はね、僕のだよ。大事な宝物なんだ」
「えっ、大人の男の人なのに、ぬいぐるみを連れてるの?」

 お兄さんの言葉に、わたしは驚いた。ぬいぐるみを連れて歩けるのは、小さい子だけ。大きくなってもぬいぐるみ離れ出来ないのは恥ずかしいこと。お母さんや友達は、いつもそんな風に言っていたからだ。
 なのにお兄さんはわたしの言葉に不思議そうにして、朗らかに微笑む。

「うん。僕はこの子が大好きだからね、どこに行くにも一緒さ」
「……変なの」
「おや。そうかな? 好きなものは、性別も年齢も関係なく好きでいていいんだよ」

 自信満々なお兄さんの言葉に、思わず胸の辺りがぎゅっとする。
 わたしが一番よくわかっているような、そして一番言われたかった言葉のような気がして、何度か頭の中で繰り返した。
 そして、なんとなく。お兄さんがそんなに悪い人じゃないということがわかって、わたしは警戒を解く。

「……そう、ですね。変なんて言って、ごめんなさい」
「あはは。気にしてないよ。よく言われるからね」
「えっ!? 誰に!?」
「んー、同僚とか友達とか……?」
「……お兄さんは、強いんですね……わたし、みんなに変な子って思われたくなくて、いつも我慢しちゃいます……。でも、きーちゃんが……きーちゃんが……うぇえ……」

 話している内にふと、はぐれてしまったきーちゃんのことを思い出した。すると再び涙が溢れてきて、止められなくなる。
 そんなわたしを見て、お兄さんは少し慌てたようにした。

「わあ……ナイアガラの滝みたい」
「……? え、ナイ……?」

 よくわからないことを言う、やっぱり変なお兄さんだ。
 泣きながら混乱するわたしを見て、お兄さんは少し考えたようにした後、抱っこしていたくまのぬいぐるみを小さく揺らして、そのふかふかの手でわたしの頭を撫でてくれた。
 その感触が何だかくすぐったくて、あったかくて、わたしはくまのぬいぐるみを抱き締める。

「……慰めてくれるの? くまさん……ありがとう」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕は『牧瀬』。こっちは『ルナティーク』だよ。長かったらルナかティーって呼ぶといい」
「えっと、牧瀬さんと、ルナちゃん……わたしは、『秋月彩莉』っていいます」
「あやりちゃん。ふふ、可愛い名前だね、よろしく」

 柔らかく微笑むお兄さんに褒められて、わたしはつい照れてしまう。くまのぬいぐるみで顔を隠しながら、少しもじもじとした。

「……さて、あやりちゃん。どうして泣いているのか、最初から少しずつお話しできるかな?」

 少し涙が収まったタイミングで優しく聞いてくれる牧瀬さんに、わたしは小さく頷く。くまのぬいぐるみのルナちゃんを真ん中に置いて、ふたりで近くのベンチに腰かけた。
 そしてわたしは、ぽつりぽつりと、はぐれた『きーちゃん』について話すことにした。

「あのね、きーちゃんが居なくなっちゃったの」

 きーちゃんは、わたしの大切な家族だった。小さい頃からずっと一緒の、大好きな子。
 今日もしっかり手を繋いで、ここまで一緒に来たのに。クリスマス商戦に賑わうおもちゃ屋さんのキラキラした雰囲気についつられて夢中になっている間に、気付くとわたしの手から離れていってしまったのだ。

「だから、わたし、きーちゃんを探さないといけなくて……でも、どこを探しても居なくて……」
「うーん? お店の人に聞くとか、迷子の放送じゃダメなのかな?」
「ダメなの……! 恥ずかしくて、誰にも聞けない……」

 知らないひとに声をかけるなんて、危ないしハードルも高い。そしてはぐれてしまった子を探しているなんて、大人に話す自分を想像しただけで、つい萎縮してしまった。
 五年生にもなって恥ずかしいと、きっとお店のひとからも思われてしまう。

「……? 僕には話せたのに、恥ずかしいの?」
「牧瀬さんは別! ルナちゃんも一緒だし、優しいし……きっとバカにしないって思うから……」
「ふふ、信頼して貰えたみたいで何より。それじゃあ……その信頼に応えて、その『きーちゃん』探しをお手伝いしようかな」
「えっ、いいんですか!?」
「もちろん。困った時はお互い様って言うしね」

 見ず知らずの大人がこんなにも親切にしてくれるなんて、やはり何か見返りを求められるのではないかと、信頼したばかりにも関わらず少し疑問に思う。
 けれど、真ん中のルナちゃんのつぶらな瞳を見ると、言葉にしなくても「大丈夫」だと言っているような気がして、なんだかすぐに安心してしまった。
 ルナちゃんは、パッと見茶色いふわふわのどこにでも居そうなくまなのに、新しくも見えるし年代物にも見える。赤ちゃん用のおもちゃのような親しみやすさも感じるし、お金持ちのコレクションのような品もあった。この子は、随分と不思議な魅力のあるぬいぐるみだ。

「あやりちゃん? どうかした?」
「あ、いえ……ありがとうございます。それじゃあ、よろしくお願いします」
「……うん。僕、ひと探しはあんまり得意じゃないんだけどね」
「えっ!?」
「まあいいや。きーちゃんについて、教えてくれる? 見た目とか、どこではぐれてしまったとか」
「え、えっと……。はぐれたのは、多分この三階に来てからで……きーちゃんは、わたしと同じピンク色のお花のリボンをしていて……」

 ルナちゃんも不思議だけれど、牧瀬さんも不思議なひとだ。つかみ所のない、ふわふわの綿のような柔らかい雰囲気。
 現状唯一頼れるお兄さんにして、少し不安の残るマイペースな牧瀬さんに、わたしは藁にも縋る思いできーちゃんについて話すのだった。


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