部屋に着くと、すぐに創作を始めた。
 身体の内側には、マグマのような熱量が溢れていた。
 紗希の顔は心に焼き付いている。写真を見なくても、自然と描けるはずだ。暗闇の中でも、歩き続けられたのは紗希のおかげだ。最後の絵に全てを捧げたい。言葉では伝えきれない想いも絵に込める。僕は絵に生きて生かされていたんだ。涙が零れだしてきた。月に照らされ、涙は一層きらめいている。色んな想いが駆け巡っていく。一つも逃すまいと、小宇宙の中に手を差し伸べる。想いは手をすり抜けることなく、吸い付くように手の中に入ってくる。そのままキャンバスにぶつける。そして弾ける。想いと想いが、化学反応を起こすように色彩を表していく。支流が源流に戻り、源流がまた支流に戻る。大きな流れとは、生まれた場所に戻り、また生まれることなのだ。今なら輪廻転生さえ嘘ではないと思える。
 どれぐらい、筆を動かし続けただろう。今までにない感覚が脳内を巡っていた。疲れを感じるどころか、浮遊している気さえする。芸術に正解はないが、出来上がるまでの数多ある道筋から、確かな一本が見えた気がした。
 絵とは探し物を探すようなものだと思えた。見つけたときは、さも当然のようにそこにあったように感じるが、見つかるまでの道筋は未知の世界だ
 出来上がった紗希は、彼女であって彼女でないようだった。
 瞳に宿すのは確かな未来。口元には余裕と慈しみ。菩薩を想像させるような絵。
 ただの押し付けだろうか。身勝手ではないだろうか。不安な気持ちが何度も頭をよぎる。
 彼女は受け入れてくれるだろうか。僕はすべてを込めたつもりだが、受け止め方は人それぞれだ。でも、何一つも嘘はついていな。僕の中にある、真実の紗希を描いたつもりだ。後は彼女に見せるだけだ。
 僕は涙が零れ、形を変えた色彩の豊かな絵具を、洗わないまま深い眠りについた。
 夜はすべてを受け入れたかのように、どこまでも暗く静かで穏やかだった。
 紗希には三日後に僕の部屋を訪ねるように伝えてある。