「障害もひとつの個性だよ」
なーんて世間じゃそう言うけれど。
あんなのウソ!
元気な誰かが考えたなぐさめ。
だって、大変なんだもん。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
今年もいやな季節がやってきた。
校内のマラソン大会。さいきん体育はその練習ばっかり。
高校生になってもマラソン走らせるとかありなの?
ああ、心臓が痛い。息が苦しい。足がうまく動かせない。
やっとのことでゴール。他のみんなはとっくに着いておしゃべりしてる。
最下位はあたし。いつも、いつでも。
子どものころから、ううん、生まれてこのかた今まで、ずっと。
「おぉ、橘おつかれー!」
体育の先生が、あたしとは真逆のニコニコ顔で出迎えた。
「完走できたか、足は大丈夫か?」
「はぁ、まぁ……」
うまく話せる余裕なんてないんですけど。
「ビリでも気にするなよ。マラソンなんてのは参加することに意義があるんだ。ひとより足が遅くっても、うまく走れなくても、ちっとも恥ずかしいことじゃない。だから本番でも堂々と走れ。お前が一生けん命がんばって走ってる姿を見たら、きっと、他のみんなもがんばろうって思うだろうからな。自信もてよ!」
「はぁ……」
なんで?
あたし、橘 琉花は、左足に軽いまひがあって足がうまく動かせない。
これはお母さんによると、生まれつきのものらしくて、そのせいで右足よりも筋肉がついてなくて、歩くのには問題ないけど、早く走ったり、高くジャンプすることができない。
だから、体育の授業や、外で友だちと遊んだりするのはいつもユウウツだった。
追いかけっこも、バスケもバレーも、みんなヘタクソで足手まとい。
小学生のころは、
「琉花ちゃんが入るとつまんないから来ないで!」
なんて言われたことも。
キツいことを言われるのもイヤだったけど、もっと厄介だったのは、
「琉花ちゃん! 障害もね、個性のひとつだよ! だから、凹んだり悲しんだりしないでね。琉花ちゃんの個性、どうか大切にして!」
とか、
「障害があるからってメゲちゃダメだよ。ほら、有名人とかでたまにいるじゃん。障害があるぶん、特別な才能持ってるひと。琉花も将来、なにか天才的な能力が目覚めるかもしれないよ。ハンデ持ってるぶん、琉花にしかつかめないチャンスもきっとあるって!」
など、なんの根拠もない言葉ではげまされること。
そのたびに、
「ありがとう……」
とは答えていたけど、個性を大切に、ってどうすればいいの?
今まで十六年間生きてきたけど、特別な才能なんてなんにもないよ?
あたし、勉強も苦手だし、ピアノも弾けないもん。
この先特別な才能が開花することなんてあるの?
あたしにしかつかめないチャンスなんて、ほんとうにめぐってくるのかな。
それに、ほんとうに必要なのは、特別な才能やチャンスなんかよりも、もっとシンプルなことなんだけど……。
放課後、こうやって帰り道をひとりテクテク歩くたびに思う。
自転車に乗れたら楽なのにな、って。
小さいころけっこう練習したけど、両足の重心のバランスが取れなくって、やむなく乗るの断念したんだ。
別に自転車に乗れなくても死ぬわけじゃないけど、まわりの子が自転車でスイスイ通学路を走ってるのを見てついあこがれたりして。
「あ、カワイイ!」
帰り道にあるショッピングモールのショーウィンドーには、流行りのコーディネートを着たマネキンのディスプレイが飾られてる。いいなぁ、このブーツかわいい。
ライトブラウンのレザーで、どんな服にも合わせやすそう。
あたしもこういうの履けるといいんだけど……でも、ダメだ。ヒールが高い。
ヒールがあると、どうしても履けないんだよね。足がグラグラしてうまく歩けないの。
だからいつもあたしは底がペタンコの靴ばっか。
障害のせいでおしゃれすら制限されるんだ。
特別な才能なんていいから、せめてふつうの女の子みたいにサイクリングしたり、自由に靴選びできたらよかったんだけどな……。
「うわっ、キモ」
不意にそんな声が飛びこんできた。
な、なに!?
「あのひとの足、ヘンな方向に曲がってるよね」
「ホントだ。めっちゃグロ。病気じゃね?」
心臓がドキッ、といやな音を立てる。
え……もしかして、あたしのこと?
思わずふり向くと、声の主は見知らぬ女の子たち。別の高校の子たちっぽい。
女の子たちは、気まずいというより、どこかおもしろがってる感じで、
「あっ、目が合っちゃった。ヤバーいW」
「ああいうの、この町にもいるんだー。カワイソー」
「おきのどくー」
目が合っちゃった……ってなんなの? 自分からケンカ売ってきたくせに。
ムッとしているあたしに気づいたのか、女の子たちはパッ、と話題を変えて、
「あー、これあゆみんが観たいって言ってたやつでしょ?」
と、すぐそばにあった映画のポスターに目をやった。
「そーなの! 生まれつき心臓病で余命一年のヒロインが初恋するっていう超感動モノ!」
「えー、それおもしろそう。あたしも観たーい! ぜったい泣けるよね」
「てか、生まれつき心臓病とかって、ちょっとあこがれない? 病弱な美少女ってよくね?」
「あゆみんにそういうキャラ似合わねーし! キャハハハハ」
はぁ、そうなんだ。そーゆーもんなんだ。
足が不自由なのは「キモい」で、心臓病なのは「泣ける」のね。
そういうこと、カンタンに言えちゃうんだ。
失礼なこと言われるのはなにも今日がはじめてじゃない。
小さいころはちがうクラスの子たちから、
「ヘンな歩きかた!」
とか、からかわれたこともめずらしくなかったし。
たとえムカついても、ほっといたらじきに言わなくなると思って無視してた。
障害をからかってきたり、悪口言われても、相手にしないでいたら、そのうち気にならなくなった。
だけど、やっぱりこうやって面と向かって言われるのはツラいなぁ……。
さっきまで明るいオレンジ色だった空が、しだいに暗くなってきた。
帰り道を歩く足どりが重たくなってくる。
――障害もひとつの個性だよ!
じゃあ聞くけど、いったいどのへんが?
――お前が一生けん命がんばって走ってる姿を見たら、きっと、他のみんなもがんばろうって思うだろうからな。自信もてよ!
がんばらないとダメ?
だいたい、どうして他のひとのはげみにならないといけないの?
――ああいうの、この町にもいるんだー。カワイソー。
――おきのどくー。
そうだよ。
いるんだよ、いちゃ悪い?
別にあんたたちが思うほど、カワイソーでもおきのどくでもないけどさ。
モヤモヤ考えながら、歩道橋の階段を上り、橋の真ん中でふと足を止める。
歩道橋の上からは町の様子がよく見える。帰宅ラッシュで混み合っている道路。帰宅途中の学生の自転車の群れ。歩道を歩く親子連れ。急ぎ足で駆けていく配達業者さん。
世の中にはこんなにたくさんひとがいるのに。
このなかで障害者がふつうに生きていくって、そんなに難しいことなのかな。
個性だってプラスにとらえなくちゃダメ?
一生けん命がんばって、他のひとに勇気を与えないとダメ?
かわいそうで気の毒な存在だって、メソメソしなくちゃダメ?
いったいどう生きるのが正解なの?
歩道橋の手すりに手をかけて、少し身を乗り出してみる。
もし今、思いきってここからバーッ! って飛び下りたら、みんなどう思うんだろう。
「切ない」
「泣ける」
「ドラマチック!」
なんて言葉で騒ぎたてるのかな。
誰もあたしの命なんてどうでもよくて、自分たちがハラハラドキドキすることだけに熱中するのかな……。
「きみ、なにしてんだ!」
歩道橋の外から大きな声がして、ハッと我にかえる。
「す、すみませんっ」
別に本気じゃなかったんですけど、驚かせちゃったかな?
「なにがあったか知らないけど、早まっちゃダメだよ」
そのひとはあたしの真正面に近づいてきて、あたしにそう語りかけた。
年はあたしと同い年くらい。少し明るめの髪が風になびいてて、キリッとした眉がマジメそうな印象の男の子。
「ゴメンなさい……」
困ったな、深刻に悩んでると思われたみたい。
なにもこんなにすぐさま飛んでこなくても――。
あれ???
そのとき、あたしはようやく気づいた。
目の前の男の子は、あたしと正面で向かい合ってる。
でも、あたしが見てるの歩道橋の外だよ?
あなたは、どうして、あたしの目の前にいるの?
「とにかく少し落ち着こう? 話なら聞くからさ」
男の子は空中でふわふわ浮かんだまま、あたしの肩をポン、とたたいた。
なーんて世間じゃそう言うけれど。
あんなのウソ!
元気な誰かが考えたなぐさめ。
だって、大変なんだもん。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
今年もいやな季節がやってきた。
校内のマラソン大会。さいきん体育はその練習ばっかり。
高校生になってもマラソン走らせるとかありなの?
ああ、心臓が痛い。息が苦しい。足がうまく動かせない。
やっとのことでゴール。他のみんなはとっくに着いておしゃべりしてる。
最下位はあたし。いつも、いつでも。
子どものころから、ううん、生まれてこのかた今まで、ずっと。
「おぉ、橘おつかれー!」
体育の先生が、あたしとは真逆のニコニコ顔で出迎えた。
「完走できたか、足は大丈夫か?」
「はぁ、まぁ……」
うまく話せる余裕なんてないんですけど。
「ビリでも気にするなよ。マラソンなんてのは参加することに意義があるんだ。ひとより足が遅くっても、うまく走れなくても、ちっとも恥ずかしいことじゃない。だから本番でも堂々と走れ。お前が一生けん命がんばって走ってる姿を見たら、きっと、他のみんなもがんばろうって思うだろうからな。自信もてよ!」
「はぁ……」
なんで?
あたし、橘 琉花は、左足に軽いまひがあって足がうまく動かせない。
これはお母さんによると、生まれつきのものらしくて、そのせいで右足よりも筋肉がついてなくて、歩くのには問題ないけど、早く走ったり、高くジャンプすることができない。
だから、体育の授業や、外で友だちと遊んだりするのはいつもユウウツだった。
追いかけっこも、バスケもバレーも、みんなヘタクソで足手まとい。
小学生のころは、
「琉花ちゃんが入るとつまんないから来ないで!」
なんて言われたことも。
キツいことを言われるのもイヤだったけど、もっと厄介だったのは、
「琉花ちゃん! 障害もね、個性のひとつだよ! だから、凹んだり悲しんだりしないでね。琉花ちゃんの個性、どうか大切にして!」
とか、
「障害があるからってメゲちゃダメだよ。ほら、有名人とかでたまにいるじゃん。障害があるぶん、特別な才能持ってるひと。琉花も将来、なにか天才的な能力が目覚めるかもしれないよ。ハンデ持ってるぶん、琉花にしかつかめないチャンスもきっとあるって!」
など、なんの根拠もない言葉ではげまされること。
そのたびに、
「ありがとう……」
とは答えていたけど、個性を大切に、ってどうすればいいの?
今まで十六年間生きてきたけど、特別な才能なんてなんにもないよ?
あたし、勉強も苦手だし、ピアノも弾けないもん。
この先特別な才能が開花することなんてあるの?
あたしにしかつかめないチャンスなんて、ほんとうにめぐってくるのかな。
それに、ほんとうに必要なのは、特別な才能やチャンスなんかよりも、もっとシンプルなことなんだけど……。
放課後、こうやって帰り道をひとりテクテク歩くたびに思う。
自転車に乗れたら楽なのにな、って。
小さいころけっこう練習したけど、両足の重心のバランスが取れなくって、やむなく乗るの断念したんだ。
別に自転車に乗れなくても死ぬわけじゃないけど、まわりの子が自転車でスイスイ通学路を走ってるのを見てついあこがれたりして。
「あ、カワイイ!」
帰り道にあるショッピングモールのショーウィンドーには、流行りのコーディネートを着たマネキンのディスプレイが飾られてる。いいなぁ、このブーツかわいい。
ライトブラウンのレザーで、どんな服にも合わせやすそう。
あたしもこういうの履けるといいんだけど……でも、ダメだ。ヒールが高い。
ヒールがあると、どうしても履けないんだよね。足がグラグラしてうまく歩けないの。
だからいつもあたしは底がペタンコの靴ばっか。
障害のせいでおしゃれすら制限されるんだ。
特別な才能なんていいから、せめてふつうの女の子みたいにサイクリングしたり、自由に靴選びできたらよかったんだけどな……。
「うわっ、キモ」
不意にそんな声が飛びこんできた。
な、なに!?
「あのひとの足、ヘンな方向に曲がってるよね」
「ホントだ。めっちゃグロ。病気じゃね?」
心臓がドキッ、といやな音を立てる。
え……もしかして、あたしのこと?
思わずふり向くと、声の主は見知らぬ女の子たち。別の高校の子たちっぽい。
女の子たちは、気まずいというより、どこかおもしろがってる感じで、
「あっ、目が合っちゃった。ヤバーいW」
「ああいうの、この町にもいるんだー。カワイソー」
「おきのどくー」
目が合っちゃった……ってなんなの? 自分からケンカ売ってきたくせに。
ムッとしているあたしに気づいたのか、女の子たちはパッ、と話題を変えて、
「あー、これあゆみんが観たいって言ってたやつでしょ?」
と、すぐそばにあった映画のポスターに目をやった。
「そーなの! 生まれつき心臓病で余命一年のヒロインが初恋するっていう超感動モノ!」
「えー、それおもしろそう。あたしも観たーい! ぜったい泣けるよね」
「てか、生まれつき心臓病とかって、ちょっとあこがれない? 病弱な美少女ってよくね?」
「あゆみんにそういうキャラ似合わねーし! キャハハハハ」
はぁ、そうなんだ。そーゆーもんなんだ。
足が不自由なのは「キモい」で、心臓病なのは「泣ける」のね。
そういうこと、カンタンに言えちゃうんだ。
失礼なこと言われるのはなにも今日がはじめてじゃない。
小さいころはちがうクラスの子たちから、
「ヘンな歩きかた!」
とか、からかわれたこともめずらしくなかったし。
たとえムカついても、ほっといたらじきに言わなくなると思って無視してた。
障害をからかってきたり、悪口言われても、相手にしないでいたら、そのうち気にならなくなった。
だけど、やっぱりこうやって面と向かって言われるのはツラいなぁ……。
さっきまで明るいオレンジ色だった空が、しだいに暗くなってきた。
帰り道を歩く足どりが重たくなってくる。
――障害もひとつの個性だよ!
じゃあ聞くけど、いったいどのへんが?
――お前が一生けん命がんばって走ってる姿を見たら、きっと、他のみんなもがんばろうって思うだろうからな。自信もてよ!
がんばらないとダメ?
だいたい、どうして他のひとのはげみにならないといけないの?
――ああいうの、この町にもいるんだー。カワイソー。
――おきのどくー。
そうだよ。
いるんだよ、いちゃ悪い?
別にあんたたちが思うほど、カワイソーでもおきのどくでもないけどさ。
モヤモヤ考えながら、歩道橋の階段を上り、橋の真ん中でふと足を止める。
歩道橋の上からは町の様子がよく見える。帰宅ラッシュで混み合っている道路。帰宅途中の学生の自転車の群れ。歩道を歩く親子連れ。急ぎ足で駆けていく配達業者さん。
世の中にはこんなにたくさんひとがいるのに。
このなかで障害者がふつうに生きていくって、そんなに難しいことなのかな。
個性だってプラスにとらえなくちゃダメ?
一生けん命がんばって、他のひとに勇気を与えないとダメ?
かわいそうで気の毒な存在だって、メソメソしなくちゃダメ?
いったいどう生きるのが正解なの?
歩道橋の手すりに手をかけて、少し身を乗り出してみる。
もし今、思いきってここからバーッ! って飛び下りたら、みんなどう思うんだろう。
「切ない」
「泣ける」
「ドラマチック!」
なんて言葉で騒ぎたてるのかな。
誰もあたしの命なんてどうでもよくて、自分たちがハラハラドキドキすることだけに熱中するのかな……。
「きみ、なにしてんだ!」
歩道橋の外から大きな声がして、ハッと我にかえる。
「す、すみませんっ」
別に本気じゃなかったんですけど、驚かせちゃったかな?
「なにがあったか知らないけど、早まっちゃダメだよ」
そのひとはあたしの真正面に近づいてきて、あたしにそう語りかけた。
年はあたしと同い年くらい。少し明るめの髪が風になびいてて、キリッとした眉がマジメそうな印象の男の子。
「ゴメンなさい……」
困ったな、深刻に悩んでると思われたみたい。
なにもこんなにすぐさま飛んでこなくても――。
あれ???
そのとき、あたしはようやく気づいた。
目の前の男の子は、あたしと正面で向かい合ってる。
でも、あたしが見てるの歩道橋の外だよ?
あなたは、どうして、あたしの目の前にいるの?
「とにかく少し落ち着こう? 話なら聞くからさ」
男の子は空中でふわふわ浮かんだまま、あたしの肩をポン、とたたいた。