後日、参謀本部総長室にて。

 この日、暁は始末書を提出するため参謀本部に訪れていた。

 永桜祭の黎明舞。深月と雛が無断で舞人を交代したことは、鑑賞者には気づかれていなかった。

 しかし、天子の御前で公式の代理でもない者との入れ替わりが発生していたことは、さすがに帝都神宮関係者には知られてしまっていた。

 結果として大きな処分にはならずに済んだが、暁はその始末書を秀次郎に届けるため、総長室の扉を叩いた。

 「失礼します、参謀総長」

 「くだんの始末書。相変わらず早いことだ」

 秀次郎は執務机に腰を下ろしたまま、暁を見上げる。

 「今回の舞人が入れ替わった件、そう問題にはなっていないから安心しろ。それどころか、天子はあの稀血の舞いを気に入ったとまで言っていたぞ」

 「参謀総長、彼女の件でお話があります」

 真剣味のある眼差しに、秀次郎も椅子に座り直す。

 そして、暁が放った言葉にこれでもかと目を見開いた。

 「俺は、彼女を……深月をひとりの女性として特別に思っています。そこに軍人の責務は一切なく、個人として」

 「本気か」

 目を鋭く細めた秀次郎に、微動だにせず暁はうなずいた。

 「はい。これからも大切にしていきたいと、唯一思える女性です」

 暁がそう断言し、沈黙が室内を支配する。

 秀次郎は瞬きひとつも落とさず暁を見据え、暁も同じようにした。

 次の瞬間、ふと緊張の糸がゆるむ。

 「わかった。もう帰りなさい、暁」

 「はい、養父さん」

 暁が深月に抱く想いに対して、秀次郎は否定も肯定もしなかった。

 だが、退出時の口調は一軍人ではなく、一養父としてのものであり、いまはそれだけで十分だった。

 「暁、その組紐。いつからつけていた?」

 暁が扉から出ていこうとする寸前、ふと秀次郎は彼の腕に視線を向けた。

 「つい先日、お守りとして受け取りました」

 「……そうか」

 手首の組紐に触れ、それは嬉しそうな笑みを浮かべる暁。あきらかに浮かれ、幸せそうな様子の息子に、いまはもうなにも言うまいと小さく笑った。