密かな騒動が水面下にはあったものの、永桜祭は無事に終わりを迎える。

 舞台で黎明舞を舞いきった深月は、早々に帝都神宮を離れて、途中までは俥を使い移動し、北区画までやってきた。

 帝都の北区画は、たくさんの工場施設や製造場がひしめくほか、華族の屋敷の数もかなり多い。

 すでに日が暮れているので人気はなく、俥を降りてからは暁の手にある洋灯の明かりを頼りに歩道を歩いた。

 しばらくすると、周囲には高い建物の影はなくなり、変わりに広い墓地が見える。

 そのまま墓地の前まで歩いていくと、暁が言った。

 「俺の生家、久我の屋敷があった場所だ」

 深月は驚きながら、ふたたび墓地に視線を移す。

 暗闇でぼんやりとした景色だが、そこは敷居のような低い塀に囲まれていた。本来はもっと高さがあったのか、塀は不自然に崩れている。

 ということは、この低い塀に囲まれる広々とした墓地のすべてが、久我家だったということだろう。

 「深月、こっちだ」

 「あの、手を合わせなくてもいいのでしょうか」

 「その前に君に言っておきたいことがある。大丈夫だ、きっと皆は待ってくれる」

 墓地を通り過ぎ、暁とともに近くの雑木林を歩く。満月の光もわずかにしか届かない深い場所だが、不思議と恐ろしくはなかった。

 まだ、黎明舞の余韻が残っているせいだろうか。胸の奥が熱くて、でも嫌には感じないおかしな心地だった。

 (いまのは、桜?)

 視界の端をひらりと飛んでいく無数の花びら。暗闇のなかで青白く見えてはいたが、あの形は桜だろうか。そう思いながらふたたび前を向いたとき、薄暗い雑木林の道が一気に拓けた。

 「あれは、枝垂れ桜……?」

 雑木林を抜けると、目の前に広がる丘の上には、見事な大きさの枝垂れ桜があった。

 目を丸めまじまじと眺めていれば、暁がそれに近づきながら教えてくれる。

 「一年中咲き続ける永桜ほどではないが、ここの枝垂れ桜は四月の終わりまで満開な状態で美しい姿を見せてくれる。来るのは、随分と久しぶりだが」

 暁は枝垂れ桜の下に入り、年季の入った樹木に触れる。

 優しい手つきで撫でる様子が、まるでただいまと告げているように感じた。

 「もしかして久我家が襲撃されて以来、一度も……?」

 尋ねると、暁は静かに頷いた。

 「雛に久我家を襲撃した稀血やあやかしものの存在を明かさなかったのは、俺のように復讐に囚われて剣を握るような真似をさせたくなかった。そうなるぐらいなら、野盗に恐れひとり隠れていたと言って、俺に恨みの矛先が向けばいいと思っていたんだ」

 家同士の付き合いであった雛のことは、赤子の頃から知っている。彼女がどんな性格で、なににムキになり、大切な人間を傷つけられたときどのような行動に出るのかも、ある程度わかりきっていた。

 真実を言えば、雛は剣を取り、自ら傷を負う道に進んでいただろう。それぐらいはわかる。彼女は暁にとって妹同然の存在だったからだ。

 でも、暁はそうなる道を塞いだ。

 それはもうこれ以上、どんな形であれ未来に傷を残させたくないという、暁の身勝手な願いだった。

 「そして、俺を一生憎み続けて、いつかこの手で元凶の稀血を討ったあとでなら、未練もなく、彼女の手にかけられてもいいと考えていたんだ」

 「どうして、そうまで思い詰めているんですか。なにが、暁さまをそう思わせて……?」

 すると、暁は静かに語ってくれた。

 もう包み隠しもせず、遠い過去の晩にあったことのすべてを。