もうここまで来てしまったのなら、やり遂げるしかないと腹を括る。

 深月は舞台横に待機しながら、そのときがくるのを待った。舞衣裳は雛のもの、顔全体は顔布で目元しか見えないので鑑賞者には入れ替わりを見破られることはない。

 「雛さん、大丈夫? 緊張しているの?」

 「……」

 「雛さんなら問題ないわよ。きっとうまくいくわ」

 雛の友人と思われる、ほかの舞衣裳を着込む少女に、深月は会釈だけを返す。背丈はそこまで変わらないとはいえ、声を真似ることは不可能だ。

 そうして待っていると、いよいよ大トリとして入る笛の前奏が流れ出す。

 (大丈夫、覚えたことをやるだけだもの)

 深月は何度か深呼吸を繰り返し、舞台袖から外に出たのだった。

 舞台でのことはほとんど記憶にない。

 舞を間違えたのか、それほど出来は悪くなかったのか、それすらもわからない。

 ただ、黎明舞は心の憂いを晴らすもの、という意味だけは忘れずに舞のあいだも頭に留めた。

 どこかで舞台上の深月に、一瞬でも向けているかもしれない暁のことを想い、一心に舞った。

 ひらひら、ひらひらと。

 天女の羽衣のような手首の装飾が、ひとりでに靡くように意識する。

 妖力を感じる永桜が、まるで深月の心に呼応するよう、揺れ動く。

 儚くも美しい花びらは、桜の精だと見紛うように、深月の周囲に舞い落ちた。

 本当に黎明舞に心の憂いを晴らす効果があるのなら。

 どうか暁の心が少しでも救われるようにと願う。それだけを強く願う。

 (なんだか、変なの。夢みたい)

 以前は人との関わりを避けていた自分が、人前で舞っている現状に少しばかりおかしく思う。けれどそれはすべて、好きな人に対する行動力が為せる技だった。